ひとまず今日は

今野 春

第1話

 突然だが、今日は部活をサボろうと思う。


 なぜなら一昨日のイレギュラーな日曜の練習ではサボらずに朝の六時に起きて七時の電車に乗って四十分の時間を掛けて登校して同学年の少ない中休まずに来てくれた後輩の指導をして精一杯部活動に励んだからだ。


 一週間ぶりに弓から手を離し、袴を手に持たずに明るい学校の外を歩くのは新鮮だった。


 同じく卓球部をサボった同じクラスの卓球部部長と並びながら、今日の行先について話を膨らませる。


「やっぱ気分転換には映画っしょ!」


 そいつはそう笑って言う。俺も親指を立てて、「だよな!」と興奮気味に言った。確か大好きなアニメ映画がまだやっているはずだ。


 久しぶりに切符を買って、見慣れぬ電車に乗り込んだ。普段は地下鉄に乗るから、こうして地上を走る電車に乗ること自体が楽しい。窓の外の景色が流れていく。


 目的地について、大型ショッピングモールの中に入る。人気作なので、先に席を取ってからフードコートで時間を潰すことにした。平日で閑散としていたので、場所は選び放題だが、あえてカウンター式の席に座る。テスト週間も近く、お互い課題を早いうちに消化しておきたかったからだ。


 部長のクーポンを使ってポテトを買った(もちろん自分の分は払った)。数学のワークを開き、左手でポテトをつまみながら右手でペンを動かす。


「ダメだこれ解けねぇ」

「そこ両辺二乗してみなよ。そしたら良い形になるから」

「なるほどな?」


 自分の言葉通りのことをしたのか、部長がほー、と声をあげた。


「やるな。さすが文系」

「数学のできる文系を目指してるんで」

「かー! かっけえな」


 適当なことを言うなぁ、と笑い声をあげる。スマホの電源をつけて時間を確認した。上映時間まではあと一時間半。


 ふとそこで思い出す。


「そういえば、みんなは今頃部活やってるんだろうね」


 そう独り言のように言うと、部長もこくりと頷いた。


「だろうな。ま、部活をやることも青春だが、こうして部活をサボるのも青春ってわけよ」

「便利だね、その二字熟語」

「高校生は全員この言葉の上とか下とか横にいるからな!!」


 きょとんとして部長を見る。そしてその言葉の意味に思い至った。


「ああ、なるほど。じゃあ今の俺らは青春の下にいるわけだね」

「そういうことだ。青春って言葉を盾に部活をサボってるってわけ」

「合理化だね」

「そう、合理化だ」

「さすが理系」

「語彙の豊かな理系を目指してるんでな!」


 喉の奥だけで長い間笑って、五問ぐらい難しいのを解いてから夕食を買うために席を立った。


 しかし、問題を解いてた間も注文を受け取りに行く今もどうも何かが引っかかる。ラーメンを受け取って席に戻ってから部長に聞いた。


「ねえ、青春の横にいるってのはどういうこと?」

「それはな」


 部長が短いポテトで俺を指した。


「彼女を持ったリア充のことだよ」


 素直に感心する。パキりと割り箸を割った。


「なるほどなぁ……。俺には無縁だよ」

「悲しいこと言うなって! まだ二年生始まったばっかだぜ?! 俺ら」

「まあなぁ」


 ズルズルと麺をすすって、噛み締めるようにして醤油味のそれを平らげる。美味しかった。口の中を満たしていたポテトの濃い塩味が薄れていく。


 それからほんの少しだけ赤ペンで答えを写して、食器を返してお待ちかねの映画の時間。


「ちょっと贅沢してみる」


 そう言って「プレミアポップコーン」のチョコキャラメルを頼んだ。量は普通のポップコーンよりも少ないけれど、まあこのぐらいが丁度いいだろう。それの五倍ぐらいはありそうな大きなバスケットのポップコーンを持って部長がやって来る。


「何味?」

「醤油バター」

「あとでひとつくれよ」

「じゃあお前のもくれよな」

「もちろん」


 上映前の雰囲気にあてられて小声で約束を交わした。


 映画は最高だった。特典も無事ゲットして、満たされた気分で映画館を出る。やはりあれは泣くものではない。感動に心を震わせるものだ。


「面白かったね」

「面白かったな」


 しみじみとそう呟く。感想はそれだけで十分だ。


「あっ」


 突然部長が声をあげた。


「まずい、次の電車に乗らないと相当帰るの遅れっちまう」

「何分後?」

「……一分」

「やば! 急ごう!」


 歩道橋を駆け足で進む。途中で遠くの真っ黒な空が刹那の時間真っ白な光に覆われているのが見えた。電車のライトはまだ見えない。


 息を切らして着いた駅の電光板に書かれていたのはこう。


『四分の遅延』


「「助かった〜……」」


 部長とともに安堵のため息を吐く。なんて幸運なことだろうか。


 悪い心残りも無いままに、俺たちは電車に乗った。


「うわぁ、酷いゲリラ」


 二駅進んだところで遅延の原因にぶつかった。ホームがびしょびしょになるほどの大雨だ。これは遅延になるのもうなずける。


 目的の駅に降りて駄べりながら歩き、乗り換えのところで別れる。


「じゃあね、今日はありがとう!」

「おう! またどっか行こうな!」


 部長は再び電車に、俺は地下鉄へと乗り換えて帰路に付いた。


 ひとまず今日は良い日だった。明日のことは、きっと元気になった俺が考えてくれるさ。

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ひとまず今日は 今野 春 @imano_haru

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