反逆姫と薬学師
澤松那函(なはこ)
第1話「アッパーカットから始まる反逆」
「私は、この国を出て自分らしく生きられる新しい国を作ります!」
少女の高らかな宣言と共に繰り出された拳は、『蒼脈法』によって作り上げられた橙色の破壊的放電現象を纏ってジャン・クーフィル・アザランド国王の顎を撥ね上げた。
きらびやかな衣装に包まれた恰幅のよい身体は音の壁を破って飛翔し、石造りの天井に直撃。上半身が丸ごと埋め込まれた。
シャンデリアと並ぶ新たな装飾品が天井に生まれた瞬間、臣下たちの悲鳴と困惑が玉座の間に反響した。一同の視線は、天井に突き刺さった下半身とこの場には不釣り合いな格好をした少女を交互に見つめている。
交差する二振りの剣が印象的なアザランド王家の紋章の刺繍が左の肩口に施されたオリーブ色の上着。着古した藍色の丸首シャツと膝丈のベージュのズボン。まるで城下町を走り回る活発な少年染みた服装だ。
深海の蒼で染めたような瑠璃色の瞳と澄んだ栗色の長髪が彩る可憐な相貌と上着の肩口に刻まれた王家の紋章がなければ、彼女がアザランド王国の第一王女ミラ・クーフィル・アザランドであると分かるのは、親族と長年仕える臣下ぐらいだろう。
「ミラ王女! 今回のお戯れは目に余りますぞ!」
臣下の一人が声を荒げると、数名の兵士が正門と非常口を固め、退路を断つ。玉座の間に控える精鋭。王族相手故、武器は鞘に収めたままだがいずれも腕利きの蒼脈師だ。その気になれば素手でも地形を変えうる力を秘めている。
しかしミラは一向に怯まず、右拳の纏う橙色の輝きを一層激しく迸らせた。
「追手は全員殴って飛ばす。そのおつもりで! じゃあ行くわよ二人とも!」
ロングブーツの靴底が落雷と聞き紛う炸裂音を響かせて、大理石の床板に亀裂を走らせる。ミラは左手で二人の襟首をまとめて掴み、自身の左側の壁に走った。
一人はミラと同じ年頃の少女だ。紅玉をそのままはめ込んだかのように美しい瞳と肩まで伸びた鳶色の癖毛が蠱惑的な色香を放っている。身の丈ほどもある背嚢を背負っている。
一人は東方人の青年だ。端正な顔立ちの中でも目にかからない程度に切られた濡れ羽色の髪と狼のように鋭い目つきが印象的であった。薄手の皮手袋には薬学師の身分を示す紋章が刻まれている。
二人を掴んだままミラは、石造りの壁に輝く右拳を突き立てた。敵国からの攻撃にも備えて作られた分厚いそれは並みの攻撃を寄せ付けない。しかしミラの拳を受け止めた壁面は、蜘蛛の巣状のひび割れが走り、轟音を伴って無数の瓦礫が場外へと飛び散った。
穿たれた大穴から三日月から放たれる明かりが注ぎ込む。新雪のように冷たい光がミラの無邪気な笑みにしたたかな色を添えていた。
「それではお父様! ごきげんよう!」
玉座の間からはばたくように飛び出したミラに襟首をつかまれた薬学師の青年カイ・アスカは辟易として呟いた。
「陽気なノリで国家反逆するもんさね、このバカ姫様は……」
カイの嘆きは、城下に広がる煉瓦造りの街並みを彩るガス灯と蒸気機関車の警笛に紛れて虚空へ消え去った。
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