けむり姫

foxhanger

第1話

「えっ、煙草はもう売ってないんですか」

「はい。この間から扱うのをやめました。いろいろ、うるさいですからね……」

 店主は言った。

 このご時世、煙草はどんどん手に入りにくくなっている。探しまくって、ようやく見つけた店だったのに。

 世知辛い世の中になった。

 嫌煙運動はますます盛んになり、喫煙者は片隅に追いやられる一方だ。

 そんな日々が続いたとき。なんとなく入ってみた骨董品屋の店先で、パイプを見つけた。

 白く輝く、海泡石で作ったパイプだ。今時珍しい。手に取ってみる。このまろみが何とも、官能的だ。

 早速求めた。家に帰って、刻み煙草を詰めて、ふかしてみた。

 パイプを口から外し、けむりをふぅっと吹き出すと、けむりがその姿を変えていき、そのうち、女の人の形になっていった。

 絶世の美女だ。

「こんにちは」

 女性の形をしたけむりは、しゃべった。

「……きみは?」

「わたしは、このパイプでたばこを吸うと、けむりとして姿を現すことが出来る。でも、たばこを吸うひとは、最近めっきり減ってしまったの……」

「じゃあ、けむり姫と呼ぼう」

 それからわたしは、このパイプで煙草をふかし、けむり姫とのつかの間の逢瀬を楽しむようになった。

 それは素晴らしいひとときだった。彼女はいつも美しく、自分だけにそのほほえみを投げかけてくる。けむりが散ってしまうまでのわずかなあいだに交わす会話は、わたしにとっては宝石のようなものだった。

「煙草を吸うひとが減って、わたしもずっとパイプの中で寂しい思いをしていた。でも、久しぶりにこの世界に現れることができた。あなたに逢えて、うれしいわ」

「ぼくもだよ」

 しかし、健康に悪いたばこは、しだいに肩身の狭いものになってくる。

 おれの周囲にも、禁煙運動の魔手は伸びてきた。

「えっ、とうとう煙草は違法になるのか」

 それでもおれは諦めなかった。

 闇で買ったたばこを使っていると、警察がやってきた。

 最後の煙草を詰めて、胸一杯煙を吸い込んだ。そして吐き出すと、けむりはその形を変えていき、あの、けむり姫の姿になったのだ。

「……けむり姫!」

 わたしは叫んだ。

「さようなら」

 次の瞬間、はげしくせき込む。

 そのまま、意識が遠くなっていった――。


 男のなきがらを見下ろして、けむり姫はぽつりと言った。

「やれやれ、この男もかい。パイプの主は、煙草の吸いすぎでみんな肺を病んでしまう。だれも最後はこうなってしまうなんて……」

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