十五日目
「やだやだやだやだやだやだ、いやだ!」
「わがまー、ゆわないの!」
「……どういう状況なのこれ」
おや妹様、おかえりなさい。
どういう状況って、見ての通りですが? やれやれ、子供の我儘にも困ったもんですよ。ねー?
「おかえり、マインちゃん」
「おかーりなさい!」
今日は別に後ろめたくなるようなこともないので普通に挨拶でける。いや後ろめたいことなんて何一つとしてないけど。思春期で潔癖でギャルギャルしてる妹の琴線に触れないというのが中々難しい。なんでもない挨拶でも「声掛けないでよっ!」と言われることもあるかもしれないのだ。声掛けなかったら「挨拶もできないのっ?!」と言われるんだけど。完全なデッドロックだ。割とよくある。
しかし今日なんて親の頼みで子供の面倒を見ているのだから褒めてくれ。そんな催促を込めて挨拶をしてみた。
なのに妹は変な顔だ。
「……なにしてんの?」
「見ての通り」
「見て分かんないから聞いてんだけど?」
あ、はい。
そうですね。僕もなんでラケット握り込むのか分かんないもんね。おあいこ。
「おままごとがしたいとこの子供が言い出してですね?」
「あはは! ねー!」
そう。かくれんぼ鬼ごっこパルクールと一通りの子供遊びをこなした後、やはり女の子故かおままごとがしたいと言い出したのだ。困るよね。
しかしこちらが断る姿勢を見せると、学習したのか外に行く外に行くと言い始める始末。幼児でも女。弱みを見せるべきではなかった!
仕方なくおままごとをすることに。
配役は、モイがお母さんとお父さん、俺が息子と犬役になった。バランス悪くない?
しかし引きこもり生活を握られている俺としては頷くしかなく、おままごとが始まった。
それはまさにモイちゃんの一人舞台。一人二役で言い合う姿にご両親の仲が心配された。ご両親ほんとに風邪なんだよね? なんかしらの調停中とかじゃなくて?
脇で大人しく鑑賞していたんだが、子供らしくしろと参加を求められた。
いやいやバカ言っちゃいけない。こちとらもう子供なんて卒業して昔話レベルなんだから。そんな「じゃあ、おそといく」子供らしい動作なんて造作もないですよ。
と、こうなったので仕方なく地面に転がり子供らしく嫌だと断ってみたのだが、何が気に入ったのかアンコールを求められ、その度にモイちゃん自身で仲裁するというマッチポンプが繰り広げられたのだ。無限ループ。嫌だと言ってるのに続く終わりの無い迷路だったんだよ。
懇切丁寧かつ正座からの説明が響いたのか、妹様は最後まで握っていたラケットの握力を緩くしてくれた。離さないんすね。
しかしこれでようやくお役御免ができるというもの。
「よし。モイちゃん、妹様帰ってきたから遊んで貰いな」
「おー!」
ふむぅ。しっかり俺の教育が息づいているようだな。よしよし。
バインバインとソファーの上で跳ねる幼女にいい笑顔で頷くと、お
すると練習熱心な彼女は家の中だというのにラケットを振っているではありませんか。無表情で。
よし。
「モイちゃん、いけない。ソファーの上で跳ねたら危ないよ」
「う? でも、しょーがいをのりこえるために、じゃんぷするって……」
「ははは、夢でも見たんじゃない?」
「ゆめー! あのねー、えへへ、モイねー、つみきやさんなるの!」
よし! 支離滅裂で普段ならイラッとしてるが今はグッタイ! 妹様の機嫌をとるのだ。後ろから風切り音が聞こえなくなるくらいで頼むよ!
「そっかそっかー」
「あとねー、あと、しんでーらとしらゆきめになって! おにたいじ、する!」
「それはとんだ武道派ですな」
それもうイジメる側なんじゃね?
あと、あと! と興奮する幼女に比例して聞こえなくなる風切り音。汗が顎を伝い床へと落ちる。あと少し……あと少しだ……! あと少しで、生還できる……部屋へと!
表情の上でも心の中でも下卑た笑みを浮かべながら、適当な相槌を打つ。嫌な上中下もあったもんだ。子供心にトラウマを抱えないか心配。
しかし、そんなの気になるか! とばかりに、まるで言えば願い事を叶えてくれると信じているかの如く、矢継ぎ早に願望を捲し立てるリトルレディには無用のようで……うん、ごめん。ほんと叶えてやれないから。なんでそんなに必死なの? まさかほんとに俺が叶えてくれるとでも思ってるの? ええ?! マジ?!
どうやって伝えたら泣かれまいか……そんなことを考えながら追加される夢という名の無茶振りを聞き流していたら、
グゥゥゥゥゥ
聞こえてくるではないか虫の声。
「あと、あと……おなかないよ?」
困った顔で首を傾げる腹ペコちゃん。
うん。相変わらず意味分からんけど伝わった。
それなら叶えてやれそうだ。
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