十四日目
ぺちぺちと頬を叩かれる感覚も微睡みの中に消えていく。
なんだっけな? まあいいや。
時間という概念の中で無敵を誇る俺に気掛かりなど存在しないのだよ。その時の欲を優先させることが全て。つまりあれだ。眠い。ほっといて。
ぺちぺちぺ……
「ねた」
そうだ。よくできました。
心地良さに溶けかける俺に届く幼い声。知らない声。新しい声優かな? 番組チェックが甘かったか……。明日から気をつける。
「おそといく」
画面つけっぱなしで寝るなんてよくあるので、キャラの声が耳を素通りしていくなんて今更。意味として結実しないんだよね。睡眠学習が半端ない。効果ない。おそと、おとそ……なんだっけなぁ?
トテトテトテトテ
軽い足音すら心地良く意識が白へと落ちていく。
なんだっけなぁ、なんか忘れてるよなぁ、でも忘れるってことはどうでもいいことなんだよ、多分。何故か体を折り畳んで寝ていたので、寝心地をよくするために体を伸ばす。そもそもなんで布団の中央を空け空け空け……………………。
「いかん」
瞬時に素へと帰る。既にいるのにね。巣に帰るとかアハハ笑ってる場合じゃねえ。
飛び起きて太極拳。やってる場合か。部屋中を見渡しあり得ない事態に驚愕。
扉が開いてる……だとぉ?!
扉は閉めるものなのに開いてるってだけで緊急事態。何が起こったというんだ?! 幼女が逃げ出したのだ。バカ。そう俺。
何千回と観た名作映画なんて徹夜明けには校長の話並みに効果があった。つまり寝てしまった。二本目でギブ。おかげで鳥が鳥籠の外へ。どんなに愛情を与えても空へと逃げるらしいからな。子供って奴は鳥だ。鳥頭!
ちょうど子供一人分すり抜けられそうな分だけ開いている扉を押し開けて左右を確認。いない。ちょっ、マジで?!
残像を残しつつ廊下に出てコマ飛びのストップモーションの如く階段へ。
「あ、おきたぁ!」
いたぁ!
良かった。まだ外には出てなかったようだ。
というのも子供にはキツい段差なのか、階段を降りてる途中だったようで、後ろ向きに階段を掴みながら足を伸ばしているモイちゃんを発見。賢い。
「あ」
「ああ?!」
しかしどっかの誰かを見上げるためにバランスを崩した体勢が重力に引かれ後ろへ。頭が重いのかな? 子供だから。違うだろ?!
くぁトロバナイッデイせからシニコフなんだっけ不二子!!
スダダダダダ!
マシンガンの発射音よろしく階段落ちをキメた。人生最速の階段降りにギネスも泣いた。なんとか頭がゴッチンする前にモイを受け止めれたが、ギリギリに飛び込んで手を伸ばしたせいか、あっちの体勢もこっちの体勢もよくない。スパイラルかまして俺の体を下にできたのは常日頃の寝返り訓練の成果だろう。役に立つ、引きこもりライフ。もう立てない。頭ガンガンする。なぁんだ、いつも通りじゃないか。涙は痛いから出てるんだ。
「おちた」
それは俺の生活を言ってる?
胸の上に寝っ転がってる幼女が、その青い瞳をこっちに向けてくる。足をパタパタさせるのはやめなさい。危ういところに当たってるから。死体蹴りだから。
「だい、じょーぶ?」
「ああ、大きく丈夫だ」
ラケットのフルスイングに比べれば平気。
「じゃあ、おそといこ」
「うぅっ、頭がフラフラする! もうダメだ!」
頭を押さえて苦悶の表情。外に行くって聞いただけでこれだよ。階段落ち? 屁みたいなもんですが?
「……いたい?」
「とっても」
軽く答えたのだが、胸元を見るとふやふやと泣きそうな表情の幼女。よく考えたら階段落ちをキメたばかり。怖かったのかもしれん。俺も母上と妹は怖い。よく分かる。
「よ、よーし! もう平気だぞぅ!」
グイッと持ち上げてあやす。寝てるのがいかんのか? そうなのか? 抱っこしたまま立ち上がり無事をアピール。包帯巻くアピールは今度妹の前でやるわ。
「……いたく、ない?」
グスッと鼻を啜る幼女にド汗。決壊ニ秒前ぐらいだ。
「痛くない痛くない! も、ぜーんぜん痛くない! そうだ! 外に行ったら何して遊ぶんだ?」
「かくれんぼ……」
「よし! じゃあ家の中でかくれんぼしようじゃないか!」
「おうちで……かくれんぼ?」
そうそう。なんなら家でやるかくれんぼが正式。ヒタヒタと近寄ってくる妹から隠れるのだ。スリルあるよね。できれば遠慮したい。
「……やる」
ズッと鼻をかんで涙を拭うモイちゃん。三歳だか四歳だか。強い。ところで今なんで拭いた?
「オッケー、じゃあルール決めな。家から出ない、一階のみ、危ないとこ行かない、鼻はティッシュで咬む、制限時間は五分、オーケー?」
「やる!」
聞いてた?
幼子を信じて床に降ろすと一目散に台所に駆け込む。あ、鬼は俺なんすね? じゃんけんとか無しに。いつもは隠れるばかりだから新鮮。ニ秒程待って声を掛ける。
「もうーいいーかーい」
「まーだだよ!」
「もうまてなーい」
「まーだぁ!」
「もう我慢できなーい」
「あははは!」
アウトだ。家の中でもアウト。
「いいよー!」
しばらく手持ち無沙汰に待っているとリビングの方から声が。発生源から足跡を辿れちゃう。なんて必勝法を編み出してしまったんだ……。
よし、行くか。
ポケットからピッキングツールを取り出して妹部屋の扉をガチャリ。一度突破されたというのにこの体たらく……兄は情けないよ。
「こっちから声がしたな……」
「ふふふふ」
背後から響いてくる声は一先ず置いといて、まずは先日の仕返しから始めよう。
順番だよ順番。
子供と遊ぶんだから裏道が正しい。
アニメで言ってた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます