第35話
風呂から上がり、グラスに注がずにミネラルウォーターをがぶ飲みする。
気持ちが落ち着いたところで、寝室へ戻った。
ベッドの上には人が寝ているシルエット。
豆電球の灯りがあっても杉山の表情は見えないでいた。その方が今の隼大には都合が良かった。
理性など有って無いようなものだと、先ほど証明された。
距離を取って、ベッドの端に陣取ると、布団をかぶる。
目を閉じても、隣にいる杉山の存在を意識してしまう。
杉山が言っていた『緊張する』と言った気持ちは、こんな感じだろうか。
両手を頭の後ろに回し、目を開ける。天井は、彩度に欠け暗い。
さっき、思わず手を出しそうになった。杉山が寝てくれていて安堵した。けれど、どこかであのまま感情に流されても良かったと思う自分もいた。
隣にいて欲しいと言ったらどんな顔をするだろう。
想像してみると、嬉しそうにしっぽを振っている犬化した杉山が浮かび、手でぱっぱと払った。
しばらくぼんやりしていると、ズルっと音がしたあと、上布団が動くのが目に入った。胸の上にあった布団が、杉山の方へと移動する。
顔を向けると、ミノムシのように丸まっている。
全部はぎとられ、「ふっ……」と苦笑した。
五月といえど、上布団なしでは寒い。かといって、毛布をとってくるのも面倒だった。
ええい、ままよとくるまっている布団を強引に引き寄せ、空いた隙間に潜り込んだ。顔の前には、杉山のつむじがある。
抱きつかれた感触を思いだしそうになり、慌てて目を閉じた。
隼大は、必死に意識の外へと杉山を追い出そうとしたのに対して、杉山の方がそれを許さないとばかりに、くるっと向きを変え、隼大の胸の内へとおさまった。
Tシャツ一枚の上から、寝息がかかりほのかに温かい。
だんだんと落ち着かなくなってきた隼大が、布団から出ようと体を動かした時、杉山の匂いがした。
甘いような、人肌の匂い。
それと同時に、泣いていた姿が寝ている杉山と被った。
背中に手を回し、艶やかな髪を撫でる。
杉山の体温が身体から伝わってくるうちに、だんだんと身体が緩み瞼が重くなってきた。
満たされたのは、自分のほうだったのか―。
そう思いながら、落ちてゆく意識に身をゆだねた。
その晩、見た夢は懐かしいものだった。
母に兄弟して怒られたのにも関わらず、喧嘩して父に雷を落とされた日。
笑う母と父。不貞腐れ顔になって隼大の側に座っている弟。
懐かしかった。いつまでも見ていたかった。
目が覚めた時、隼大は泣いていた。
涙などいつぶりに流しただろうか。
愛情とは偉大だ――。
しびれた手で涙を拭う。
目を開けると、同じ位置に杉山の頭がある。
(一晩中、この格好だったのか)
痺れた手をかばい、杉山を気遣いながらそっと起き上がろうとすると、背に腕が回された。
「えっ」
見れば杉山の耳が赤い。どうやら、起きていたようだ。
触れ合う肌から、杉山の速い鼓動が伝わってくる。
きっと自分の鼓動も伝わっていることだろう。なんだか今の気持ちが伝わるようで気恥ずかしい。
離れようとも、離してくれなさそうな杉山に声をかけた。
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