第28話

 買ったものをテーブルの上に置いた。

 手の平を見ると、赤い線がいくつもできている。

「ボストンバッグもここに置いていいですか」

 手から顔を上げ、声のする方へと向けた。視線の先にはベランダへと続く窓がある。その窓には、ボストンバッグを肩にかけた杉山が映っていた。

「ああ」

 頷くと、杉山の側へと寄り、手を取った。


「え、ちょ、川浪さん?」


 慌てたような声を出す杉山の手の平にも、赤い線が幾筋もできていた。


 手を放し、赤い線をなぞる。

「……っん」

 思わずといったような声と共に、手を素早く引っ込めた杉山を見ると、戸惑ったような、訴えかけるような顔をしていた。

 その顔に、ぞくりと旋律が走る。

「わ、悪い。手、痛くないか?」

 杉山から顔を背け、誤魔化すように頭をかいた。

「だ、大丈夫です」


 ボスっとボストンバッグを置く音がした。

「川浪さん」

 呼ぶ声が真剣な声に変わった。

「あれは駄目です」

「そうだな。すまん。軽率な行動だった。軽はずみに触れないように気をつけるよ。疲れただろ。着替えて飲むか」

「そういうことではないんです」


 杉山は隼大の手を取ると、手の平を上に向け同じように赤い線を指でなぞった。

 痺れるようなこそばゆい感触に、思わずグッと強く手をにぎり込む。

それでも、さっきの感触が残っている。もし胸の内に毛があるのなら、ぞわりと逆立ったままだろう。

「……」

 言葉にならず、杉山を見た。

「だから、駄目だと言ったんです」

 そう言った杉山はふわりと笑った。


 触られたのがイヤだと思っていたけれど、この気持ちになるのが駄目だと言ったのか。


 行為がいやではなく、この感覚か――。


 まだ、ぞわりとした感覚が残っている。

 目の前にいるのは杉山だ。

 それがわかっていても、手が出そうになる。

 これが昨日であったのなら、こんな気持ちにならなかった。

 たった一晩過ごしただけ、それだけなのに……。

 隼大は情が移っていることを認めざる得なかった。

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