漠に会いに行こう!

「おにぎり! おにぎり!」




旅の基本は食料だ。


 レンズは、昼に食べるお握り作りを張り切っていた。魔法使いではあるが魔法で用意するのはそれはそれで大変なことらしい。

説明するとややこしい理論になってしまうと聞き、ランは黙るほか無かった。

とりあえずは干し肉があればいいし、空腹なら、別の生き物を狩れば良い。

「りゅうたんの夢は結局よくわからなかったけど、漠には興味あるみたいだね」


「……それより気になることがあるが、なぜ、この国でお握りが食べられるんだ?」

 調理場にしている部屋をうろつきながら、パールは首をかしげた。ヌーナはしれっと口にする。


「さぁ、米が、市場にたまにあるのよ。

故郷の味を思い出すから、鍋で炊いてたまに食べているの」


故郷。毒で滅んだ故郷。

ヌーナの顔が苦味走ったものになるが、すぐに笑顔に切り替わった。


「……こんな悪夢も、食べてもらえるかしらね」


 悪夢だけなら沢山ある。

それはもう、漠でも食いきれないほどではないだろうかと、思うほどにある。

質量も重さもある。そんなものを抱えてもしょうがないという気もしなくはない。

自由になれるかもしれない。

そう思うのはヌーナだけではなかった。





 植木鉢を抱きかかえたまま外に向かうと、ランはそれに話しかけていた。


「ほら、良い天気だ。漠に合ったら、これまでの悪夢をまとめて食わせてやろうと思うんだが、お前にもあるか?」


(もし、悪夢を食べてくれるんだとしたら、いまよりずっとずっと体が軽くなるかもしれない。漠には食料だから中身でうなされることも無いだろうし)


植木鉢は何も応えない。

静かに葉っぱを伸ばしているだけだ。


「…………、お前も……木に、いつか、なるんだよな」


木になる頃には、一人前として外に根付いていかねばならない。


「人食いの木」


パールの声がして、ランは慌てた。


「なんだ、付いてくるなよ」


「それを、植えるのか」


「……お前には、関係ない」



「ふむ。確かに、関係はないのだが。その木と、きみは、どういった関係なのかい?」

 

「友達だよ、ただの」


パールが何も言わないので、ランは焦った。

危ないから捨てろとか、そういう話かと思うと居てもたっても居られない気がする。

焦って、とりあえず掴みかかろうとしていると、パールはケラケラ笑い出した。


「いや、面白い、そうか、友人だったか。人食いの木が、根付く場所を求めて人の形をすることはあることくらい知っている」


「あいつは、人だ。人なんだ」


「まぁ、そうだな。魚人族も、人ではある。きみも、彼女たちもそうだな。というわけで」




植木鉢は何も言わないが、パールは礼儀的に挨拶をしてみた。



「初めまして。挨拶が遅れたね」




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20205140128

............


「死神が来たー!」

「死神がきたよー!」

無邪気な声がしている。

家の前を通る学生たちの一種の遊びだ。毎朝この無邪気な残酷に意識を覚醒させられている。

 窓の外の泥のようなべったりした窮屈な景色に冷や汗をかく。

それでもシーツにくるまって、寝たふりを続けた。

「死神ん家、ちょっと訪ねてこいよ」

「い、いいよ………そそそそんなの」

  


「怖じ気づいたか」

独り言 を呟いて、改めて布団を深く被る。

 私に会う人会う人が死んでいる。

ので、村では私を死神と呼んでいた。

最近では度胸だめしまで現れるほどで、最初は噂をバカにしていた人たちも今では半信半疑で、死神扱いする。


 ただ、そんなことに興味はない。

そんなことは、どうでもいい。

私にわかるのは、死んでいる人がいることだけだし、なぜ死ぬのかと思うだけだ。

 結局眠れなくて、いつものベッドから抜け出して、

そっと自分の手を見つめる。

 枕もとの観葉植物の葉に触る。



「…………やっぱだめか」


枯れていく命。

それをいつも、目にする。

この「呪い」は、やはり本当なのか。


「人が死ぬから死神なんて、安直すぎるわよ……」


「だったら、運が良すぎるね」


「え?」


「君は殺してない。だったら、運が良すぎる」



幻聴が聞こえる。

ヌーナは両耳を慌ててふさいだ。

 同時に薄い緑の色の壁に、外からの陽光が反射して、すっかり朝を告げているのを理解する。


「こんな運って、なんなの。  これを運のよさで解釈出来るの?」


壁際にしゃがんで、目を閉じているといてもたってもいられない気がした。

 そーっと、ドアを開けて外に向かう。外では誰かがなにやら運んでいるようだった。

「文庫さんだわ」



家が人通りに面しているため、こうやってドアを開けるたび誰かとすれちがうこともある。


 『彼ら』のような存在は、「文庫さん」と呼ばれていた。

数人が、リレーのように町のあちこちにおり、少しずつ大きな書物のページを運ぶのだ。この国ではよくある文化だ。

本は庶民にはまだ高級品であること、

神が宿る神聖なものであることなどで、この時代の本に対する扱いは特に神経質だった。

けがれを払い本をかこむ大事な役割が、この文庫さんだと言われている。 


 宛もなく歩いて、市場に来た辺りで井戸端会議を見かけた。

思わず聞き耳をたてる。 



「それにしても、こんな小さな田舎町で、文庫と会うなんて、珍しい。そんな重要な書物がこの辺りにあるのかしら」


「なんでも、文庫が大事に懐に入れているのは、町にすむ魔法使いの本らしい」

「なんと!」


魔法使い。ヌーナが気になっている言葉のひとつだ。

何かそういったものに 『あの魔女』の手がかりがあるかもしれない。

実は自身が「呪い」に侵されることになった切っ掛けを、覚えていない。


1309

 魔女は大体どこかに隠れていてそう見つからない。なのでこういう話題も久々だった。もしかしたら何か手がかりを見つけられるかも?

慌てて家に戻るとお金の入った袋を持って、文庫の目指す方向を辿ることにした。

狭い道の奥ではちょうど牛や鶏が行き来する渋滞となっていたので、走れば充分追いつくことが出来る。

5160214

メルリコットやルヨーの立ち並ぶ露店の脇を抜けて、彼女は走った。

案の定、牛が渋滞しており、文庫も足止めをくらっていた。

「今日牛多くない?」と誰かが噂しあっている。牛のなかには、繋いでいないものもあり、いつ前へすすむのかといったぐあいだった。


「こんにちは」

壁際で、籠を背負っていた目深に帽子を被った文庫の一人に声をかける。

それから、何処に向かうのかと聞いてみた。

「大陸のほうにいくのさ」

文庫は少し怪訝そうにしながらも、教えてくれた。

「大陸……?」


0233

 お弁当を持って、皆が神殿跡のがわに出てくる。ここは神殿だったため、ドアを開けるとまずはそれが目につく。 女神像に挨拶すると、旅の無事を祈った。ランは懐かしいことを思い出しているのか、ときおり、どこか遠くを見ている様子だった。


「で、そういえば、どこに向かうんだ?」

パールが聞き、ヌーナが答える。

「砂の国」

「そうなの!?」

レンズがやたらと驚き、動揺を露にする。

なんだか珍しい態度だった。

1810

「砂の国……地元だ」

俯いたまま答えるレンズに、パールが目を輝かせる。

「そうなのか!? そこはどんな場所だ」


「とりあえず、やっぱり服着たほうが良いね」


 幻術で出している服を見ながら、レンズはうんうんと頷いた。


「確かに」


「確かに……」


ランとヌーナも同意するしかなかった。


「待て、服は苦手だ!」


「さすがに、なんだかんだ物理は最強だからね。砂の国は暑いし、衣服で皮膚を守らないと焼き魚だよ!」


レンズは珍しく、ぱっちり開いた目でパールを見ながら喝を入れた。


「焼き魚……」


「殺せといわれてなくても、まぁ不慮の事故とあれば仕方ない。師匠もお許しくださるかも! うひひ、もし途中で倒れたら、皮をはいで……」


「わかった! 服を着る」


パールは挙手してみんなから数歩離れた。

「仕方ないから、私の服を貸してあげる」

ヌーナは神殿跡の隅に置いていたタンスから、すその長い服を取り出して、パールの方に放った。同時に、床に落ちていた羽毛がふわっと巻き上がりあたりにゆっくりと落下し始める。

「うわっ。この場所、今も相変わらず、どこかから羽が飛んでくるのよね」


掃除しているのに、とヌーナがぼやき、レンズは誰か居るのかなと、あたりをきょろきょろ見渡した。天井の裏とかに!


「石造りだぞ……」


ランは冷静に言いながら抱きかかえている植木鉢を見た。今日も元気に葉を伸ばしている。水は欠かさずやってはいるけれど、それでも不思議と枯れない、生命力の強いと思わせる木だった。

砂の国は暑いと聞くが平気だろうか。


「羽が飛んでいく方に追いかけたら、幸せの街にたどりつく、ってお話もあった気がするな」


パールは頭から服を被りながら呟く。


「そういえば、どうしても空から行くのか。


例えばだが……牛で行くのはどうだ?」


「牛、乗れたらいいけど、陸路が牛で渋滞していないかしら」


ヌーナは故郷を思い出しながら言う。


「近頃どこも配達が多いみたい。市場に行くときによく見かけるもの」


パールは青ざめる。

魚人の身体は陸の奥深く、泉の底まで潜るのには適しているが、とても空向きではない

のだった。


「それに、牛って高いよ! 砂の国まで牛に乗ったら結構するよ。なにより、ここの牛はあの国の土地にはむかないし……どのみち途中で乗り換えることになる」


「くっ……」


うなだれるパールにランは「高いところが嫌いなのか?」とわざわざ問いただす。


「魚は、飛ぶやつも居るが、さすがに、その、陸の方が……」


「じゃ、残る? 残らない? 帰ってもいいけど」


「のこ、らない……僕もついていく」


 パールはこんな状態ではあるが一人置いていかれるのが嫌だという風に目を潤ませる。

レンズは何がおかしかったのか、アハハハハ! と一人で大うけしている。


「ラン、ひどいよそりゃあ!!」


「こういった方が、燃えると思ったんだ」


ランは恥ずかしくなってレンズに小さく耳打ちする。

ヌーナは二人を少し眺めたあと、パールに服の丈が合っているかを改めて確認した。


「痛い……」


ふと、ヌーナは漠然とした痛みで、頭をおさえた。

何故かわからないが頭の全体が痛かった。同時に頭の上でじわり、と何かが染みるような生ぬるい感覚。


「ヌーナ?」


パールが少し大きめな服を着て、いぶかしげにヌーナを見上げた。

それから、すぐに、驚く。


「それは……まさか」


ボタ、ボタ、とヌーナの頭から汁が垂れている。それは床に落ち、神殿に緑色の染みを作った。

パールは冷静に呟く。

「なるほど、やはり、毒の原因は、これだったのか」


「うわっ! どうしたの!? 頭皮がすごいベタベタしてるよ」


レンズは一瞬目を丸くしたが、すぐに思い出したように外に走った。

「水、持ってくる!」


「俺も行く」


 ランが、鉢を抱えて、すかさずついてくる。

彼には心当たりがあった。

彼の友人のことだ。

 二人が急いで外に出たとき、すっかり日が高くなりかけていた。


「ひとくいの木」


庭に置かれたバケツから、深皿に水をくんで、レンズは呟いた。

パールの言っていたことを思い出したのだろう。ヌーナは、それに似ている。

「あぁ。この、今は鉢に入れられてるのもそうなんだ。彼も、ヌーナのような頭をした木だった」


  そして、自分の片足。

言葉を飲み込んで、ランはレンズを見た。

「別に、こいつが育っても、何がなんでも人を食べる訳じゃないよ。

元々は俺のような種族を養分にしていただけなんだ。ただ……今ではほとんど居ないために、そうなっていった」


ランは頭の上の耳を触りながら呟く。


「友達、なんだよね」


レンズは、不安そうに苗を見た。

若々しい葉を伸ばしていて元気そうだ。

「ああ。枯れる方を選んだ、だから、俺はこうしている」


「そっか」


レンズはある程度の理解をしたらしい。普段はふざけているが、中々に聡明な部分がある子で、飲み込みは早いのだった。


「ヌーナが、『実』だとしたら、本来なら、俺を殺しに来るかもしれないんだが。

、あの様子だとそれすらままならないらしい」


「いたんでいるの?」


「いや……あの実は、内側が柔らかいんだ。ああなればいっぺんに溶けているだろう。

それに、毒性を持つなんてのは、聞いたことがない」


 確か、ヌーナは、爪から毒が滴るようになったのは魔女の呪いのせいだと言っていた。

 けれど、その呪いが、頭にまで及ぶだろうか? 知っている範囲の魔女は、どうせ呪いをかけるなら、きっちりとその部分だけにするはずだった。

「約束ごと」を「守る」から効力を持つためだ。


「どんな理由で、そのような術を施したのか気になるな」


「でも、多分、師匠なら言うよ。

『それが、わかるなら、解けてる』とか」


恐らく物真似だろう、怖そうな顔をしながらレンズは言う。


「ヌーナが自分でわからないといけないんじゃないかな」


「そうか……」


 なんとなくだが、その呪いが単なる意地悪とも言えないように思えた。

何か大事な理由があるかもしれない。


「とりあえず、水を届けてくるね!」


レンズは水を持って走って神殿跡の内部に向かった。


ランはぼんやり空を見上げながら、

昔を思い返していた。


「空の滴が終わりを告げて、

刻む道を潤すだろう……か」


 幼い頃に聞いた歌。

『道』が、何を示すかは実際諸説あるという具合で、彼にとってもわかって居なかった。


「空の滴の終わり」


そしてそこからの始まり。

ふいに近くに蜂が飛んできた。

 果物を食い荒らすので、好かない。

中に入ろう、と思った。



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ヌーナの頭から流れてきた汁は、どこか豊潤な香りがしていた。

血ではないので、なんというか、驚くしかないという感じで恐怖よりは混乱が先だった。

 ふと、何か羽音を感じて彼女は顔を上げる。

近くで蜂が飛んでいるらしい。

 蜂は、肉食だけでなく、蜜や葉っぱを食べたりするので慌てた。

 パールはしばらく、床に落ちた緑の汁を観察していたが蜂が外に居ることを知り、半分植物の身体に身に迫る恐怖を感じているヌーナに同情した。


「脳、ちゃんとあるわよね?」


「大丈夫、それだけはきはきと喋れるんだからそこまでではない。 

まだ外側の、表皮部分だろう。

ただでさえ頭は水分が多いからな」


頭を拭き、改めてバンダナを結んで、ヌーナはパールに礼を言った。

そのときだった。



神殿の一番奥、何かの像があったところから若い女のような声が降り注いだ。


地にたえし 夢ゆめならん

いかずちをもって

尊きを翻し 盲目を訪わせ

果肉の戀 爪鱗 浴妖の水 花の酒樽



 まるで透き通る風のようだった。

声はあちこちに反響し、染み渡ると、ふっと止んでしまう。


「パール、今何か言った?」


「いや、何も……」


二人は顔を見合せた。

今の声はなんだったのだろう。


「お水、持ってきたよ!」


と、ちょうどそのタイミングで、レンズがやってきた。


「あれ、どうしたの?」


レンズは二人が奇妙な顔つきのまま固まっていたので、びっくりした。


「神殿から声がしたんだ」


パールが言うと、レンズは「いいなあ、私も聞きたかった」と羨ましがった。ランが遅れて戻ってくる。

「ヌーナ、大丈夫か」


珍しく動揺しているような彼に、ヌーナはくすりと笑う。


「今は、平気。少し気分が楽になったみたい」


それから、ヌーナは神殿からした声の話をする。


「そんなことがあったのか。けれど、俺も何度か、その手の声は聞いたことがある」


ランは聞いた言葉を思い返した。




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