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『あさのとり』が鳴き始めて、日がすっかり出てきた頃。四人は朝食をとることにし、まず準備を始める。
ヌーナが、手袋を付けた手で、すぐ足元の冷蔵庫から出した数個の卵をフライパンに割って、手際よく調味料を加えながら、フライパンの形に沿った、真ん丸の形の玉子焼きを作ると、本棚の横にある食器棚から出した大皿に乗せる。
レンズは厚いパンを人数分に薄く切り、チーズやハムを出してそれも小さく切り、人数分、別の皿に乗せている。ランがハムを掴もうとして、またダメ! と怒られていた。
パールは、陸の食事が珍しいのか、ぱちくりと瞬きをする。ヌーナは、大きな玉子焼きに切り目を入れながら、ふとパールの方を向いて「あなた」と言った。
「なんだ。名前はパールだ。だが、名前なんかどいつもこいつも、いちいち気にすることではないだろう」
「……いえ。裸なのね」
「そうだ」
「魔力で作られた光の幻……レンズがやったんだわ。視覚に頼る情報が主に多いような、たいていの人間なら、騙せるでしょうけれど。私、びっくりしちゃった。私から見たら、透け透けだもの」
「ヌーナ! ランは、パールといちゃついてたよ!」
人数分の皿を用意し終えたレンズが、報告する。ランは頭を抱えた。
「あなた……こんなに可愛いレンズにも、私はまあ仕方ないけど、全く無関心だと思ってたらまさか──」
ヌーナが納得したような目でランをみる。
「ち……っがう、からな! おれは、そんなんじゃない!」
わけもわからず動揺したまま、ランは言う。ほとんど叫ぶみたいに。レンズが不審そうに彼を見つめた。
「……いや、でもぉ。そんな全力で叫ぶこと無いじゃん?」
「うるせぇ!」
ランとレンズが再び争いを始める中、パールはきょとんと二人を見て、それからヌーナに聞いた。
「野菜は。ぼくは美しい姿のために、美しい野菜を食べることにしている」
「……海草、でいい?」
あちこちの戸棚を漁って、見つけたわかめを見ながら、ヌーナは答えた。聞いたことがある。魚人族は、美しい身なりを常に守っていなければ、後に群れで異性となる同属と、結ばれることが出来ない。細かい点は不明だが、美しさが無ければ、生存競争の激しい魚人界で生き残れないのだ。
そうして各々、席に着いて食べた朝食は、とても美味しいものだった。
しかし、ランは満たされない。干し肉だけでは『肉』が足りない。そういえば、三人で暮らすようになってから、ずいぶんと『狩り』をしていないのだ。
「出かける……」
「おや、猫。狩りはいいのか」
パールは首を傾げながら、葉っぱをしゃぶって吐き出す。虫は敵だ、と草を異様に痛め付けていて、複雑な気持ちになった。とにかく、虫がいたんだろう。
さらに鮮度が落ちたら大変だし、おそらく、魚人にはかなりの死活問題にちがいなかった。
……しかしだったらなぜ、神殿でなく、外の水を飲むのかと不思議だが。
「狩り、バレてたのか」
「ああ。あんな食事では満足出来まい。肉食の猫。ぼくも、フルーツが欲しいね。美しい肌が保てないのは恐怖なんだ」
「……そうかい。まあ、たしかに空腹だ。しかし、なぜ虫が嫌なのに、そんなところで朝露なんか集めているんだ?」
「こいつらは、毒をろ過するらしい。『作り物』を食べていないから、毒がない。虫だってだから寄ってくるんだ」
「……ふうん」
なんだか納得できない部分もある説明だったが、ランは深く聞かないことにした。天然の物は呪いの毒がきかないのだろうか。
人間に紛れて暮らす、人間に近い体の生き物は、何種かいるようだが、ほとんどが雑食で、人間が作った料理の何かに含まれた人工調味料なんかも、たしかに生活のなかで口にしていることは多い。
月と太陽によく当てた水を飲むことが、ヌーナの呪いの進行を遅らせているというのも、彼女にあったときに聞いていた話だが、関係があるのかもしれない。
それに、そうなら、りゅうたんは本当に自分の体にいいものしか食べない竜なのだろう。
「しかしなぜ戻ってきた?」
いきなり、間近で聞かれて、ランは思わず『うわああああ』と声をあげ、後ずさった。びっくりした。
パールは無表情のまま彼を見下ろして「ふむ、爪が綺麗だな。狩りはまだしていない……」と分析する。
「ほっとけ!」
むっとして、再び森に歩きだしたランは、今度こそ付いて来られないようにと、木に飛び乗った。
「お前の呪いは、その耳なのか? それとも──右足?
」
パールは、ぽつりと呟くと、神殿に戻り始める。だんだん強くなってきた日光も苦手だ。
「──よし、風呂だな……」
確か水道水は、近くの茂みで、温泉がわりにと、昨日の夜に風呂桶いっぱいに汲み置きしておいた。一日置いた水でないと、カルキの影響が怖いのだ。
水浴びを期待して、とりあえず、まずは報告しておこうと家の中に入るパールは、そのときふと、目にした。
本棚のすぐ下の床に、『大陸と、呪いの魔女』の描かれた絵本が落ちているのを。絵では、魚人族のものらしい鱗が、たくさん、魔女の服に縫い付けられていた。
そしてそのための魚人を捕まえる際、鱗が目に入ってしまったことを怒り、一人の魔女が呪いをかけたという海域も、描かれている。
自分の故郷だ。
「ふむ。たしか、リライト エルなんとか……と言ったか。あの魔女は、載ってないようだな……」
本を拾い上げて埃を払う。
「呪い、か……あの『半分生きた植物の足』を見るに──この森も、呪われているのだろう。どこかに、呪いを解く手がかりがないものか」
海藻が食べられなくなるのは嫌だ。海が汚染されるのも、さらに耐えられない。どうにか、故郷を深く呪いが支配する前に、見つけ出したいと思った。
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