第四話:運命

「今更だが、俺を幸せにするってどういうことだよ」

「言葉通りの意味だよ」

「と言われてもだな……具体的には?」

「佐藤くんが何不自由ない暮らしを与えることかな」


 そこまでする義理は何もないと思うんだが。

 俺はコイツと久々に再会しただけだぞ。それなのに。


「てか、お前さ。本当に俺の家に上がるつもりなのか?」

「当たり前でしょ。佐藤くんの部屋片付けしないといけないから」

「頼んだ覚えはないんだが」

「ボランティア活動です」

「一方的な思い遣りは周りを不幸にさせるだけだぞ」

「困ってる人をそのまま見過ごすのはできません」


 頭上の赤ランプが『4』を指し示し、俺はエレベーターから降りた。

 すると、当然のように、白川結奈もニコニコ笑顔で付いて来た。


「多少はさ、警戒したらどうだ。一応、俺も男なんだぞ」


 と言いながら、403号室へと辿り着き、鍵を取り出した。

 ドアが開き「お前本当に入るのか?」と声を掛けると、白川結奈は口をぽかーんと開けていた。


「佐藤くん……ここに住んでるの? う、嘘でしょ……」

「一体何を言いたいんだ?」

「い、いや……そ、その私、隣人です」

「はい……?」

「だ、だから。私、402号室の住民です!?」


***


 高校時代に恋い焦がれた初恋相手に十年後再会。

 その上、隣同士に住んでいたが、今の今まで気付かなかった。

 こんな話ありえるのか?


「隣の家に住んでたんだ……これって運命かなー?」

「紛らわしい言い方をするな」

「でも、ロマンチックでしょ?」

「部屋の片付けをしている最中でもそう思えるのか?」


 ブラック企業に勤めて朝から晩まで働いていた。

 その影響で、家に帰ってからは飯食って寝るだけの日々。

 そんな生活を続けたせいか、部屋の中はコンビニの弁当箱やカップ麺で散乱していた。掃除しようとは思うものの、毎回途中で挫折してしまう。


「さて、佐藤くん。時計を見てください」


 電波時計を確認すると、とっくの昔に日を跨いでいた。

 というか、飲み食いした後のお片付けってどんなフルコンボだ。


「私達は社会人です。明日の朝には必ず出社しないといけません」


 白川自身も、大人としての自覚が芽生えているらしい。

 もう立派な社会の歯車であり、悪い言い方をすれば社畜だった。


「というわけで、提案があります」


 白川は額の汗を拭いながら。


「一つは掃除をこのまま続けること」


 この調子で行えば終わるのは日の出が見える時間帯だな。


「もう一つは休みの日に延期すること。どちらが良いですか?」


 嫌なことは後回しにする派の俺。勿論答えは後者である。


「分かりました。なら、泊まる準備をしてください」

「泊まる準備……? あのー何を言ってるんですか?」

「この部屋の掃除が終わるまでは、私の部屋に住んでもらいます」

「はい? あのーどんな思考回路でそんな結論が?」

「散らかった部屋に佐藤くんを置いていくのが無理なだけです」


 段ボールの中に捨てられた子猫が入っており、そのまま可哀想だと思って、放って置けないみたいな感じなのかな。何はともあれ、却下だ。


「許しません。今日は、私の家に来てもらいます。拒否権はありません」


 白川結奈の部屋は空っぽだった。生活感が無いと言うべきか。

 普通に生活しているだけで、誰にでも何となく生活感が出るものだ。

 それにも関わらず、部屋の中にはベッドとテーブル、隅の方に段ボールが二箱あるだけで、それ以外は特筆すべき点が全く無かった。

 と言えど、流石は女の子と言うべきか、調理器具の備えはあるらしく、キッチンには圧力鍋やホームベーカリーなどが置いてあった。


「先にお風呂入っていいよ」


 その言葉に甘えてお風呂を拝借した俺が部屋に戻ってくると、白川結奈はパソコンのキーボードをパチパチと鳴らしていた。仕事の資料作りでもしているのか。


「まだ仕事なのか?」

「あはは……大丈夫大丈夫。これぐらいは余裕だよ」

「こんなことを言うと、差別発言になるかもだけどさ」


 そう前置きして、俺は自分の本心を伝えることにした。


「白川ぐらいの美人なら男達も放って置かないと思うんだ。それならさ、さっさと良い男を捕まえて家庭を作った方がいいんじゃないか?」


 白川結奈は誰もが認める美少女だった。そして、美女である。

 実際に彼女が色んな男達に告白されているのを見たことがある。

 別段、誰かの人生に対してとやかく言うことではないと自覚しているのだが、それでも俺は彼女の生き方がイマイチ理解できない。


「なら、私からの質問が一つ。良い男ってどんな人?」

「高収入でイケメンで誰にでも優しくて……ええと、一途に一人だけを想い続ける人のことじゃないのか……わ、分かんねぇーけどさ」

「ふぅーん。それじゃあ、佐藤くんにとっての良い女って誰?」


 その言葉を聞き、真っ先に思い浮かんだのは目の前の女だった。


「顔赤くしてるけど、誰なのかなー? 気になるなぁー」

「べ、別に誰でもいいだろうが。俺はもう寝るからな」

「照れてるー。可愛いね、佐藤くんって」

「う、うるさい!! って……あの俺はどこに寝れば?」

「私のベッド使っていいから。グッスリ寝てよ。おやすみ」

「あぁーおやすみ。白川」

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