第三話:嘘

「おい……俺の腕を掴むな。服が伸びるだろうが」

「佐藤くんが逃げようとするから悪いんだよ」

「お前に関わったら、嫌な予感しかしないからな」

「幸せにしてあげようと思ってるのに」


 膨れっ面だ。

 本人としては、良いことをしていると思いたいんだろう。

 言わば、俺は哀れな人間だ。恵みを与えて良い気になりたいのだろう。

 俺だって、誰かに優しくして良い気分になりたいこともある。

 だがな、ありがた迷惑だと言うんだぜ。

 とやかく本人以外が誰かの人生を語るのはうざいだけだ。


「お前さー本当に俺の家まで着いて来たんだな」


 俺たちの前に立ち塞がるのはオートロック。

 ポケットの中に手を入れ、鍵があることを確認。


「それはそうだよ。幸せにするって誓ったから」


 勝手に言われても困るんだが。

 絶対に離しませんと言わんとばかりに、手を握られた。

 それも恋人繋ぎだとか言われる感じの握り方だし。

 まぁー美人と手を繋ぐという状況を考えれば、悪くないが。


「俺は別に幸せにしてくれと頼んだ覚えはないんだが」

「なら、誰かが助けを呼ばないと、佐藤くんは助けてくれないの?」

「さぁーな。生憎、今の俺は自分のことで精一杯なんだよ」


 と、遠い目をしつつ、星が消えた夜空を見上げながら。


「あれ……? UFOじゃないか?」


 猿芝居をしてみると、案外簡単に白川結奈は騙された。

 どこどこと言いながら、頭上を見ている。

 あれだよ、あれと適当な指示をしつつも、俺は彼女との距離を取り、急いで鍵を取り出して、そのままマンション内へと逃げ込んだ。


「はぁー……た、助かった。アイツ、怖すぎる……」


 食事中に聞いた話だが、白川結奈は一流企業に勤めている。

 俺が逆立ちしても、絶対に入ることはできないだろう。

 そんな企業で働いてる女が、ちっぽけな三流企業に勤める俺に優しくするなど、怪しすぎると思うのは当然じゃないか。


 さっきの食事代もクレカでまとめて払ってくれたし、妙に人懐っこいてか、俺に対して馴れ馴れしいし。


 兎に角、気を緩めたら俺の人生は崩壊する。


 このまま家にまで連れ込んでみろ。

 借金の肩代わり。危険な白粉の運搬バイト。

 どんな要求をされるか。考えただけで恐ろしい。

 兎に角、美人との接し方は要注意が必要だ。


「何はともあれ……これでアイツとはもうお別れだ……な……?」


 ウィーンとオートロックが開いた。

 入って来たのは、勿論俺が一番来て欲しくない女だ。

 ヒールのカツカツ音を鳴らし、駆け足で俺の隣まで来た。


「もうー一人で先に行かないでよー。置いていかれるの嫌だよー」

「えっ……? どうして……お、お前、開けられたんだ?」


 焦る俺に対し、白川結奈は口元を僅かに上げながら。


「だって、私。このマンションの住民だもん」


 言う通り、彼女の手元には鍵が握られている。

 このマンションに住む人だけが持てるものだ。


「ねぇーそれよりもUFOはどこに居るのー? ほら、一緒に探そう」


 俺の腕を引っ張って、白川結奈は外に出そうとしてくる。

 けれど、足を踏み留めて、俺は当たり前のことを呟いた。


「居るわけねぇーだろ。そんなもん。嘘だよ、嘘」

「えっ……? し、信じてたのに……う、嘘だったんだ」


 酷い落ち込みようだ。どれだけ信頼されてるんだか。

 学生時代の俺たちは、それほど仲が良かったわけじゃないんだが。


「普通に考えて分かるだろ? UFOなんてありえないってさ。小学生でも分かるぞ。それなのに……お前はどれだけ信じやすいんだか」

「だって……だって……佐藤くんが……言ったんだもん」 


 上目遣いでさ、それも少しだけ涙を流しそうな瞳で見てくるな。

 俺が悪いことをしたみたいじゃないか。てか、嘘を吐いた俺が悪いってのは事実かもしれないけれど。


「悪かったな。騙すような真似をして」


 とりあえず、一つだけ分かったことがある。

 白川結奈は悪い奴じゃなさそうってこと。

 恩売りがましい奴ってのは事実かもしれないが。

 それでも俺みたいな人間の言葉さえ、素直に信じてくれるのだ。


「職業柄、人間の嫌な部分を見て来たからさ……」


 同級生に再会する度に、危ない匂いがプンプンする話を持ちかけられることも多かったし。警戒の目で見ていたのだ。


 彼女は俺に心を開いていたのに。俺は彼女に心を開いてなかった。

 でも、少しだけなら彼女のことを信じても良いかもしれない。

 だってさ、UFOが居るという話を、馬鹿正直に聞いてくれるんだぜ。


「もう絶対に嘘は吐かないでね。絶対だよ、寂しい気持ちになるから」

「約束はできない。だが、善処はするよ」


 俺が返答すると、白川結奈は飛びっきりの笑顔を見せた。

 その笑みが眩しかったので、思わず俺は踵を返し、エレベーターに乗った。また置いていかれると思ったのか、彼女も早足で乗ってきた。


「でも……私も佐藤くんに一つだけ嘘を吐いてるからお互い様かな?」

「ん? 何か言ったか?」

「やっと二人っきりになれたねって言ったんだよ」

「俺を誘ってるんなら止めとけ。ロクでもない男だから」

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