第111話 波打ちぎわの決闘

「壁ッ!」


 勇輝が叫ぶのと同時に、目の前にコンクリート製の壁が砂地から生えた。


 ズボオオオッ!


 タテ・ヨコそれぞれ3メートルほどの壁。

 巨大タコの触手がそれに激突する。


 ドゴオオン!


「!?」


 触手の一撃は強烈だった。

 コンクリートの壁をまっぷたつに叩き割り、そのまま勇輝は下敷したじきになる。

 モウモウと砂煙が上がるのを見てグレーゲルは大笑いした。


「ゲッゲッゲッ!

 あっけない、この程度だったか!」


 笑う怪人をよそに、砂煙の奥から品のない声が聞こえてきた。


「ウエッ、ペッ、ペッ!

 くちん中に砂はいった!

 ペッ!」


 勇輝は穴からはい出るところだった。


 勇輝の魔法は無から有を生みだすものではなく、その場にある物を変化させるものである。

 高密度の壁を作るための砂を、今回は足元から直接持っていった。

 そのため地面が陥没かんぼつしたのである。

 壁の高さと穴の深さ、双方の高低差によって勇輝は死なずにすんだ。

 直撃をくらっていたら人間など簡単に圧死していただろう。


「……フン」


 グレーゲルは憎らしげに鼻を鳴らした。


「魔女め」

「久しぶりに言われるセリフだ」


 全身についた砂を落としながら横目でにらむ勇輝。


「お前、《呪われし異端者たちアナテマ》とかいう奴らか?」

「答える理由はない」

「なんで王子のそばにいる、何をたくらんでやがる?」

「答える理由はないと言った!」


 タコがふたたび動き出した。

 勇輝も身を守るために走り出す。


「フェルディナンド!」


 恐怖に立ちすくんでいた男にむかって叫ぶ。


「そこの女の子を連れて避難するんだ!」

「わ、わかりました」


 いまだ小屋の前で涙を流していたミコールは、駆け寄ってくるフェルディナンドを見てトンチンカンなことをわめき出した。


「イヤ!

 私をどうするつもりですか!

 私は殿下のものなのに!

 従者のくせにそんな目で私を見ていたの!」

「いや状況を考えろ!?」

「イヤアアアアア!!」


「…………」

「…………」


 勇輝とグレーゲルは泣き叫びながら連れていかれるイカレ女に、ちょっとだけ意識をうばわれた。


「……あの子がおかしいのも、お前のせい?」

「いやいやいやいや!」


 グレーゲルは手を横に振って必死に否定した。


 それはさておき。

 邪魔者がいなくなってようやく戦いやすくなった。


「王子は生きてんのか?

 死んでんのか?」

「本人に聞いてみたらいい」


 怪人はふわりと宙に浮くと、巨大タコの邪魔にならぬよう距離をおいた。


『ふ、ふははははははっ!』


 どこから声を出しているのか、タコから王子の笑い声が。


『なんと爽快そうかいな気分だ!

 まるで魂が解放されたようだ!』


 もともと我慢などしない人生を送っていたはずだが、こんなことを言う。

 タコは触手を振り上げ、漁師小屋をなぎ払った。


 ドガアアアアン……!!


 一撃。

 たった一撃で小屋は木っ端みじんになった。


『この力! この強靭きょうじんさ!

 私はこの世でもっとも強い男になったッ!』


「は?」

「おやおや」


 勇輝はあきれ、グレーゲルは嘲笑ちょうしょうする。

 少しは心配していたのだが、するだけ損だったようだ。


『さあ!』


 タコ王子は醜悪な顔を勇輝にむける。


『非力な小娘よ、我が力の前にひれ伏せ!』


 ハァ、と勇輝はため息をつく。


「借り物の力でいばってんじゃねえよ」

『なにぃ!』


 八本の触手を動かして巨体がせまってくる。

 視界のすべてが醜悪な悪魔ディアブルで埋めつくされた。


『口のききかたに気をつけたまえよ人間! 

 貴様はあらたな時代の神の前にいるのだ!』

「ハッ!」


 調子に乗るのもここまでくると面白いものに思える。

 家ひとつぶっ壊しただけで神様を名乗りはじめた。


「じゃあ神の力とやらを体験させてもらおうか」


 勇輝は右拳をタコ王子に向ける。

 人指し指にかざり気のない指輪がはめられていた。

 ただ金属をっかにしただけの、武骨すぎる指輪。


「セラ!」

『はい』


 指輪からセラの声がする。


「やれっ、クリムゾン・ファントムーっ!」


 聖女の叫びとともに指輪から巨大な拳が飛び出した。

 ちっぽけな指輪から守護機兵の巨大な拳、手首、肘、腕まで伸びてくる。

 巨大な鉄拳がうなりタコの胴体を直撃した。 


『ぐぶううううっ!?』


 思いもよらぬ奇襲をうけて、タコの身体が大きくよろめいた。


「ハハハハハハ!

 それが神様の悲鳴か!

 ワハハハハハハハハ!」


 勇輝は笑いながら拳を天につきあげる。

 そこから巨大な人影が飛び出してきた。


 聖女の愛機にして代名詞、天使の姿をした紅い守護機兵・クリムゾンセラフ。


「指輪の魔人ならぬ指輪の天使だ。

 悪魔ディアブル退治のスペシャリストが相手してやる。

 ありがたく思えタコ王子が!」

悪魔ディアブルではない、私は神だ!』


 なおも神だと言いはる醜悪な巨大タコ。

 あるじを中に受け入れて万全の態勢となる守護天使。


 月光照らす海岸で、決闘がはじまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る