第109話 聖女はいつも適当に新技を編み出す

『ユウキ様、私も連れて行ってください』


 セラが上から声をかけてきた。


『私は聖女の鎧。

 私が必ずお守りします』

「うーん、そりゃ嬉しいけど……」


 勇輝はフェルディナンドを見た。

 一人で来いと手紙には書いてあるが、守護機兵を持ってくるなとは書いていない。


 彼は肩をすくめた。


「どうぞご自由に。

 いまさら人質うんぬんは意味のない話ですので」

「それもそうだな。

 しかしはじめっから戦闘ムードというのも、話がこじれるっていうかなんというか」


 煮え切らない勇輝の態度。

 それが気に入らないのか、セラは拳をにぎって力説した。


『第三騎士団の時だって、私を学園に連れていってくれてたらもっと楽だったはずです。

 いつもお留守番では、いざという時にお守りできません』

「うん」

『鎧は身につけてこそ鎧です。ユウキ様』

「うん……」


 相手がゲス野郎なのは分かっている。

 今ごろあのエロ魔人は、勇輝をいいようにもてあそぶための罠を仕掛けているのだろう。

 単独で敵の拠点にむかうのは危険だ。

 それは分かる。


 だが兵器であるクリムゾンセラフで乗り込むというのは、こちらの方から話し合う機会をつぶすも同然だ。

 相手は一国の王子、殺すわけにもいかない。

 殺せば最悪、人間同士での戦争になる。


「……とりあえず着替える」


 今はまだパジャマ姿のままだ。

 こんな格好で外出することもない。

 着替えながら頭を整理することにした。


 降りてきたとき同様、クリムゾンセラフの手をかりて二階のベランダに戻る。


 クローゼットから適当な服をとりだし着替えているときに、使っていない化粧台が目にとまった。


 この部屋を与えられた時からそこにあったもので、正直必要のないものだ。

 クラリーチェが選んだ化粧品もそこに置いてあるが、どれも一度か二度使ってやめた。


「あっ」


 勇輝は化粧台の引き出しを開けた。

 そこには化粧品と同じく、まったく使っていないアクセサリー類が放り込んである。

 アクセサリーを身につけると動きまわった時に邪魔くさくて嫌なのだ。

 だから勇輝は普段から装飾品を何も身につけない。

 必要性を感じていなかった。


 だが、ひとつだけ身につける時が来たのかもしれない。


「セラ!」


 勇輝はベランダに出て、相棒を呼ぶ。


「ちょっと試したいことがある!」


 思い立ったらすぐ実践じっせん

 もしも上手くいったら、今後の戦いやすさは飛躍ひやく的に上昇する。





 時刻はもっとも闇が深くなる夜明け前になっていた。

 城壁の外へ出るともはや人の手による明かりは一切なく、月と星の光のみが頼りである。

 しかしさえぎる物のない海岸沿いでは、思いのほか月の光は明るかった。

 足元にうっすら影ができるほどだ。 


 勇輝はフェルディナンドに道案内をさせ、漁師小屋へむかう。


 浜辺から波の音が聞こえてくる。

 寄せては引き、引いては寄せ、無限の時をかなでつづける。


 ザザア……。ザザア……。


 夜の海というと真っ先に怪談を思い浮かべてしまうところだが、今夜の海は素直に美しいと思えた。

 海面に月がうつり、ユラユラとゆれている。

 白い砂浜も月光を浴びてあわく輝いているようだ。


 歩きながら、フェルディナンドとどうでもいい話をする。


「つぎ来るときは可愛い女の子と来たいもんだ」

「はあ、女の子とですか」

「ああ、男と来たら変に期待させちゃうだろ」

「なるほど」


 フェルディナンドは勇輝がどういう人間なのか把握はあくしていないはずだが、性癖について特になにも言及げんきゅうしなかった。

 ああいう主君につかえているから、耐性があるのかもしれない。


 とりとめもない話をしているうちに、目的の漁師小屋に到着した。

 小屋とはいえ、漁に使う道具置き場としてそれなりの大きさがある。


 その中から、諸悪の根源が姿を見せた。

 すぐ後ろにミコール嬢も一緒だ。


 ミコールは拘束こうそくもなにもされていない。

 だましたことをかくす気すらないようだ。


「なんだフェルディナンド、予定と少しちがうではないか」


 薄笑いを浮かべるマルテイン王子。

 悪役ぶっても彼は色男だった。


 蜂蜜はちみつ色の髪が月の光をうけてキラキラしている。

 顔は性格の悪そうな笑顔になっているが、美しさをそこねるほどではない。


 それが勇輝は気に食わない。神様は不公平だ。

 元・醜男ぶおとことして嫉妬しっとしてしまう。


 フェルディナンドは王子に頭を下げた。


「申しわけありません殿下、途中で見つかってしまいました」

「フッ、まあいい。同じことさ」


 王子殿下の後ろから、筋肉質の男たちが十人ほどゾロゾロと姿を現した。

 日に焼けた赤銅しゃくどう色のはだ

 動きやすそうなラフな格好。

 近隣の漁師たちらしい。


 しかしなんとなく彼らの様子がおかしい。

 まるでゾンビのようにフラフラと身体をゆらしていて、視線もさだかでない。

 昼間のバカ四人組と同じ。

 なにか細工さいくをされているようだ。


しつけのなっていない子犬ちゃんのために、こんなに庶民しょみんどもが集まってくれたよ」


 自身の圧倒的優位を確信し、マルテイン王子の笑顔に嫌味の色が増す。

 もちろん勇輝は動じない。

 数だけそろえても無駄なことだ。


「しつけがなってねーのはアンタのほうだろ、フルティン王子」

「私はマルティンだ!」


 王子が号令を下す。

 男たちが一斉に襲いかかってきた。

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