第108話 深夜のメール便

 その日の深夜。

 すでに眠っていた勇輝は、外からの大声で起こされた。


『ユウキ様! ユウキ様!』


 クリムゾンセラフの人工知能、セラの声だった。


『ユウキ様!』


 勇輝がなかなか目覚めないので、セラは屋敷の壁をドンドン叩く。


 ドンドンドンドン!


 壁が破壊されそうな大音と振動に、勇輝は飛び起きた。


「な、なんだあ!? 

 敵襲か!?」

『そうです!』


 セラはまさかの肯定。

 ベランダに出ると、クリムゾンセラフの指が生きた人間をつまみ上げていた。


『不審者を捕まえました!』


 やけに嬉しそうなセラ。


 ――ねえホメてホメて。


 そんな気配を出している。

 番犬ならぬ番天使だ。


「なんだコイツ?」


 勇輝は指でつままれた人間を確認する。

 その人物は全身黒ずくめで、顔にも覆面ふくめんをしていた。

 なるほどわかりやすい不審者だ。


「た、助けてくれ!」


 不審者の口から男の声。

 彼は手足をバタバタさせてもがいた。


「手紙を、手紙を届けに来ただけなんです!」

「……そんな格好で?」


 男は宙吊ちゅうづりのまま内ポケットに手を入れ、上品なデザインの封書を投げてよこした。

 手紙は闇夜のなかをクルクルと回転しながら飛び、勇輝の手にピタリとおさまる。


「ナイスコントロール」


 軽くほめながら、投げ渡された手紙を見る。

 封書には宛名あてながなく、封蝋ふうろうにもしるしがない。


 外見からはなにも情報をえられないようだ。


「これ、俺が開けてもいいやつなの?」

「はい」


 許可を得たので封蝋をパキッと割り、なかの手紙を取りだす。

 内容は首をひねるようなヘンテコなものだった。




 ミコール・エレナ・ソルベリ男爵令嬢はあずかった。

 返してほしくば一人で海岸沿いの漁師小屋にられたし。

 誰かに知らせた場合、ミコール嬢の生命は保証しない。




「…………?」


 勇輝はしばし考え、首をひねる。

 内容がよく分からない。

 文章は読めるのだが、相手の考えていることが想像できない。


 もしかして手紙を出す相手を間違えているのではないか?


「あの、聖女様」


 宙吊りになっていた男が話しかけてきた。


「地面におろしていただけませんでしょうか。

 こうなった以上、逃げたりはいたしませんので」

「ん、ああ」


 そういえば捕まえたままだった。


『離すのですか?

 侵入者です。

 危険人物です』


 セラは不満そうだ。


「まあ大丈夫なんじゃないか?

 じゃあアンタ、覆面とってよ。

 正体みせたら下ろしてやってもいい」

「……はい」


 男は覆面を自分で脱いだ。

 正体は褐色肌かっしょくはだの美男子。


 予想通りだ。

 昼間バカな事件をおこした四人組の仲間。

 ナントカって国の王子様の部下で、愛人の一人。


 はて、名前はどっちだったか。

 あのクソ王子がやり捨ててきた人間たちの中で、男の名前はふたつあったのだ。

 この男はどっちだったっけ。


「えーと、ヨーゼフ君だっけ?」

「私はフェルディナンドです!」


 顔を赤くして激怒するフェルディナンド君。

 正妻が愛人の名で呼ばれたのだ。

 そりゃ怒る。


 地面におろされた彼は不満顔でその場に立ち続けた。

 宣言どおり逃げも隠れもしないらしい。


 勇輝もクリムゾンセラフの手をかりて、地面に降りた。


「で、この手紙なんだけどさあ。

 差出人さしだしにんはあの王子様だよね?」


 フェルディナンドは決まりが悪そうに視線をそらした。


「はい」

「で、ミコールっていう人、あいつの恋人だったよね?」

「恋人というか、まあ……」


 やり捨てた女である。


「王子の女を王子が監禁したっていう話で、どうして俺が反応しなきゃいけないんだ?」

「…………」


 フェルディナンドは返答できなかった。

 勇輝の言うとおりだったからだ。


 ミコール・エレナ・ソルベリ嬢の家族をおどすならこれでいいが、勇輝を脅す材料としてミコールは不適切である。

 勇輝を脅したいならば、ヴァレリア、ランベルト、クラリーチェたちを誘拐しなくてはいけない。

 仲良しでもなんでもないミコール嬢では人質として不足もいいところだった。





 これはミコールが考えた狂言きょうげん誘拐ゆうかい

 つまりヤラセだった。


 夕方、うっかり中へ通してしまったあと、ミコールは自信満々に言いはなつ。


「このわたくしを人質としてあの女を呼び出すのです!

 あの女は正義の味方なのでほうってはおけません!

 絶っ対に! わたくしを助けにきます!」


 フェルディナンドは聞いた瞬間にえっ、と疑問に思った。

 それは違うんじゃないかと。


 しかし王子は乗ってしまった。


「そうか! その通りだ!

 勝ったぞフェルディナンド!」

「いやちょっと待って下さい!?」


 フェルディナンドは止めたが、自信満々の二人は受け入れてくれない。

 彼も強引に参加させられてしまったのだった。





「あのさあ……」


 勇輝はうんざりした顔で語りかけた。

 バカップル二人にも言いたいことはあるが、このフェルディナンドもたいがいおかしいだろう。


「あのクソ王子のどこがそんなに良いわけ?

 なんでこんな事までしてついていこうとするの?」

「……くさえんですよ。

 そうとしか言いようがありません」


 おなじ国の生まれで、おなじ年代で、留学先の学校まで偶然おなじだった。

 自然と会話する機会は多くて、そうこうしているうちに側近として見込まれた。

 なんの因果か肉体関係までもってしまった。


 ろくでもない主君なのは言われなくとも分かっている。

 だが自分を必要とする人物がいることに、喜びを感じてしまう自分がいるのも事実だった。

 もう本当に腐れ縁としか言いようがない。


「フーン」


 勇輝は寝ぐせのついた頭をガリガリとかいた。


「仕方ねえ、行ってみるか」

「えっ!?」


 フェルディナンドはおどろき、勇輝の顔を凝視ぎょうしした。


「本気ですか!?」

「ああ」


 あまり乗り気ではなさそうだが、それでも勇輝はハッキリうなずく。


「これ以上犠牲者ぎせいしゃを増やすわけにはいかねえよ。

 あのバカ王子を誰かが止めねえと、無限に犠牲になる人間が増えちまう」


 フェルディナンドの口から思わず感動のため息がもれた。

 ミコールの言葉が脳裏をよぎる。


 ――あの女は正義の味方なのでほうってはおけません!


 ミコールはバカにしながら言ったセリフだったが、今はまるで違うものに感じられた。

 おのれの利害関係よりも他者の不幸を心配する。

 そんな人間も世の中にはいるのだ。


「これが聖女。

 正義の味方……か」

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