第104話 夜の帳(とばり)の中で

 あのままなし崩し的に視察は終了となり、解散となった。


 夕食後、勇輝はランベルトをたよってダンス練習のパートナーになってもらう。

 が、やっぱりダメだった。

 どうしても男と接触すると表情がひきつる。

 腰が引けてしまう。

 はじめは我慢してくれていたランベルトも、さすがに不機嫌になった。


「正直けっこうストレスを感じるね。

 不幸な目にあう紳士しんしたちのためにも、あきらめたほうが良いんじゃないのかい」

「出来ればそうしたいよ」


 ランベルトと勇輝は同時にため息をついた。

 なまじ勇輝にあたえられている身体が絶世の美少女というのが良くない。

 男と触れ合うのが苦手、とつたえてもどれほど納得してもらえるか。

 相手をしてしまった男性は勇輝の嫌がる様子を見て、自尊心プライドを大きく傷つけられることとなるだろう。


 もっと練習をつづければ、いずれはなれて自然に笑えるようになるはずだけれども。

 だが今回ばかりは時間が無さすぎる。

 あと数日しかないのだ。


「できないことをさせようなんて、貴族の相手も大変ね」


 横で見ていたクラリーチェにも同情されてしまう。


「もうねえ、悪魔ディアブルの相手してたほうが楽だよ!

 殺せば終わるんだもん!」


「すごいこと言うわね」


 クラリーチェは笑いながら前に出て、ランベルトとおどりはじめた。

 二人の息はぴったり合っていて、意外なほどさまになっている。


「二人ともうまいね」

「まあ任務でダンスパーティーに参加することもあるから。

 仕方なく身につけたのよ、ね?」

「フッ」


 クラリーチェにお道化どけた視線をむけられて、ランベルトも微笑む。


 ランベルト・ベルモンド。

 クラリーチェ・ベルモンド。


 二人ともヴァレリア・ベルモンドの養子だ。

 兄妹のあいだに血縁関係はない。

 こうして手を取りあって踊る姿を見ていると、お似合いの二人であった。


 勇輝もいつか・どこかで・誰かとこのようになれと、そういうのが皇女殿下の考えなのだろうけれど。

 いやはや、どうにも。

 やっぱり自分には出来そうにないなあと思う勇輝であった。





「あの悪魔め……!」


 マルティン王子はベッドの上で芸術的な裸体らたいをさらしながら、毒々どくどくしくつぶやいた。


「そうだあの女は悪魔にりつかれているのだ。

 だからあんな非道な真似を!」


 非道な真似をしたのは天使なのだが、つたえてもおそらく彼は信じない。


「ここままではすまされない、ばつをあたえてやらねば」


 王子は隣で寝ている男に話しかけた。

 彼もまた裸だった。


「そうは思わないか、フェルディナンド」


 褐色かっしょくの肌の美青年は、背を向けて寝たたまま返事をしない。 

 だが起きているのは知っている。

 すねているだけだ、王子はそう解釈した。


「いいかげんに機嫌を直せ、あの女が言っていたことは真実ではない」


 もちろん嘘だ。

 他の男との関係は、あった。

 だが真実が人を幸せにするとは限らない。

 つたえるメリットはないと王子は判断した。


「私にはお前が必要なんだ、そのお前を裏切るような真似をするはずがないだろう?」


 顔とスタイルに恵まれた王子は、声もまた美しかった。

 耳元で甘くささやかれた者は、魂の奥が侵略されるような快感を得る。

 もしかしたら自然と身についたオリジナル魔法なのかもしれない。


「……いっそ殺して楽にしてくれ」


 フェルディナンドは苦しそうにそうつぶやくと、身を起こしベッドから出た。


「今さらどこへも行けないさ。

 俺はもう……」


 自分の上着をつかみそでを通す。

 シャツ一枚の姿で部屋を出ていってしまった。


「…………」


 去りゆく後ろ姿をジッと見つめるマルティン王子。

 そして口を開いた。


「相変わらずちょろいな、あいつ」


 ああいうことを言っているうちは大丈夫だ、これ以上のフォローは必要ない。


「さて」


 王子の関心はすでにフェルディナンドから離れている。

 今はあの赤眼の悪魔のことだ。

 いったいどうやってしつけてくれよう。


「フーム」


 しつけとはいってもむちや棒でたたくといった行為は考えていない。

 そういう性癖はないのだ。

 精神的に服従させてやりたい。

 無礼な赤眼の悪魔を屈服させ、従順な淑女しゅくじょに教育してやる。

 あのめぐまれた肢体したいを思うままに蹂躙じゅうりんし、そして飽きたら捨ててやるのだ。

 その時、あの小娘はどんな泣き顔ですがってくるのだろう。

 それを想像しただけで獣欲がざわめいた。


 コンコンコン、寝所のドアがノックされた。


 瞬間、王子は脳を切り替える。

 一流の男は二人きりの時に他の女の話などしないものだ。


「フェルディナンド、ノックなどせずに入ってこい。

 私とお前のなかではないか」


 シャツ一枚で出ていったのだ、すぐ戻ってくることは分かっていた。

 だがしかし、来たのはフェルディナンドではなかった。


「グレーゲルにございます、殿下」


 しゃがれた中年男の声。

 最近出入りを許した、北の辺境国から来た流れ者である。

 魔王戦役後のいわゆる『復興バブル』に便乗するために、武装商隊にまぎれてやってきたタイプの男だ。


「こんな夜更よふけに何用か」


 グレーゲルはグッグッグッ、とくぐもった笑い声を出した。


「夜更けならばこそ、できるお話もあるかと。

 少々お困りとうかがいまして」


 意味深な言いかたをする。

 どうやら昼間の騒動を聞きつけていたらしい。


「……入れ」


 どことなく不気味なものを感じつつも、マルテイン王子は入室を許可した。

 夜だというのに目深まぶかにフードをかぶった男が入ってくる。


 この男は肌が弱いのだそうで、強い日光を長時間あびると火傷やけどしてしまうのだ。

 だからいつも全身をおおうような格好ばかりしている。


 こんなえない男を出入りさせるようになった理由は、特殊な能力を持っているからだった。


「どうぞ、ご学友の方々」


 グレーゲルの後から、マルティン王子の取りまきたちが入ってくる。

 昼間ダンスホールでエウ学の女生徒たちを迎えたメンバーだ。

 男たちは妙にうつろな表情、フラフラした足どりで入室してきた。


「この方々には勇気がでるおまじないをさせて頂きました」


 フードの奥で男が笑う。

 歯の白さだけが浮かび上がるようで、見るものに不吉なおぞましさを抱かせる。


「我々にお任せくださいませんか。

 かの『魔女』を、とらえてごらんにいれます」


 王子は背筋に寒気を感じ、反射的にうなずいてしまった。

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