第105話 不審者四天王あらわる

 あれから数日が経過。

 今日、勇輝は午前の授業を休んだ。

 いいかげん覚悟を決めてドレスを買いに行かなければいけなかったからだ。


 舞踏会まであと二日。


 他のご令嬢たちからすれば異常なほどの遅さだ。

 彼女たちが用意しているであろうドレスはこの世に一つしかない、オーダーメイドの逸品いっぴんぞろい。

 当然手間ひま値段が数倍から数十倍もかかる。

 有名な職人が精魂せいこん込めてつくりあげた、素晴らしいものばかりだ。


「店で売っているものでいいよ……」


 などとほざく勇輝の価値観は、貴族令嬢からすれば狂気の沙汰さたであっただろう。

 若い貴族令嬢にとって自分の価値をいかに高めるかは、最大最高の課題である。

 己の価値を最大限に高めて、良家の御曹司おんぞうしのハートを射止めなければならない。

 これは自分のみならず一族の浮沈ふちんにもかかわる一大事なのだ。


 勇輝は十五歳(厳密にはクローンボディをあたえられてまだ数か月だが、肉体年齢は死亡前の年齢にあわせて十五歳として作られている)。

 すでに婚約者がいたとしてもおかしくはない年齢だ。


 実際にエウ学の内部では《婚約者がいる・いない》、《婚約者の家格が高い・低い》でいわゆる『マウント合戦』がネチネチとくり広げられているのである。


 そういうことをまったく理解しようともせず「メンドクセー」とか言って何もしないでいる絶世の美少女。

 憎まれるのも当然だった。





 いつぞや女性服を買った店で、またも勇輝は着せ替え人形となっていた。

 あの日は買い物のあとで一つ目巨人サイクロプスと殴りあいになったものだ。

 もうずいぶん過去のことのように思えてしまう。


「あ、これダメです。

 もっと胸が目立たないものにしてください」

「は、はあ、でも……」


 女性店員は勇輝の『地味なもの・色気のないもの』を選ぼうとするセンスにほとほと困惑していた。


 若い娘があれはダメ、これもダメ、とごのみするのは当然といえば当然だ。

 だがわざわざ悪いものを選ぼうとするのは客としてどうだろう。


「お、お客様?

 お客様はせっかくスタイルもとってもよろしいのですから、もっと可愛らしいドレスのほうが……」

「いえ、恥をかきにいく予定なんで、できるだけ目立ちたくないんです」

「え、ええ……?」


 可愛らしいとはまわりくどい表現で、ようはセクシーな物をオススメしているのだ。

 それは勇輝も分かっている。


「いやそりゃあね?

 男をさそおうってんならもっと『バーン!』として『ドギャン!』っとして『メメタア』って感じのほうがいいって俺も思いますよ?」

「…………そ、そうですよね」


 接客業ってたいへんだ。

 こんなわけわからん客の言うことにも、いちいちうなずかなくてはいけない。


「けど目立っちゃダメなんですよ。

 ダンスにさそわれても踊れないんです」

「ああ、そういうことで……」


 店員さんも状況を理解してきたようだ。

 幼女のころからレッスンにはげんできた貴族令嬢たちと比較されるきびしさ。

 にわか仕込みでどうにかなる物でもなく、敗北する運命は確定している。


 勇輝に残された道はいわゆる『かべはな』になるしかない。

 ダンスにも会話にも誘われることなく、ひっそりと大人しく部屋のすみで終るのを待つのだ。

 それしかない。


 それでも最低限のおめかしはという店員さんのしぶといセールストークをはねのけ、勇輝はできるだけ無難なデザインのドレスを選んだ。


 アクセサリーも新しいのを買うべきだろうが、やめておく。


 一つ目巨人サイクロプスをぶっ倒す直前にクラリーチェが選んでくれたやつが家に残っているから、それでいい。


 そんな感じで買い物をしたので予定よりはやく帰宅することができた。

 普通の時間に昼食をすませたあと、午後の授業をうけるために学園にむかう。





 午後の授業もつつがなく終わり、さあ楽しい()ダンスのお時間だ――。

 と陰気な気分にひたりつつ教室を移動しようとしたところ、正門を守っている警備員さんに呼び止められた。


「聖女様、ベルモンド家の馬車を不審な男たちが見ておりまして」


 ベルモンド家の馬車とは、勇輝が通学に使っている馬車のことだ。


「不審者? 警察には?」


 いえ、と警備員は首を横にふる。


「どうも服装が上等すぎるようでして」


 貴族のような雰囲気ふんいきだから、後々のやっかいごとを恐れて通報はしたくない、という考えらしい。


「ふーん、イイ服着た不審者ね……?」


 得体が知れない。

 念のため、勇輝は調査してみることにした。


 ズボッ、とたまたまそこにあった壁に手を突っ込む。

 警備員さんがえっ! とおどろいているのを無視して魔力でものを作る。


 もう一度ズボッ、と音をたてて引っこ抜くと、勇輝の手にはドローンとタブレットが乗っていた。

 第三騎士団のテロ事件の時にも活躍したやつだ。


「行ってこーい」


 駐車ちゅうしゃじょうへドローンを飛ばし、上空から偵察させる。

 なるほど、四人の男が物陰ものかげから馬車をにらんでいた。


「誰だこいつら?」


 タブレットを操作して、画像を拡大する。


「ブッッ!!」


 勇輝は男たちの珍妙な服装にふきだした。


 たしかに高級そうな服を着ている。

 統一感はなく、それぞれが自分の好みにあわせて着飾っている印象。


 問題は頭からかぶっているものだ。

 男たちは全員、頭のてっぺんから顔全体をおおい隠すニット帽、いわゆる『目出めだしぼう』で顔を隠していた。


「こっこいつら」


 笑えばいいやら、あきれればいいやら。


「まさかこれで隠れているつもりか!?」


 帰宅途中のご令嬢たちは、この珍妙な不審者たちを遠くからジロジロとながめてヒソヒソ話をしている。

 だが面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ってか、話しかけたりはしないようだ。


 隠れるどころか、むしろ目立っている。


「なんじゃこいつら……」

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