第70話 激怒するトマト

 入学手続きは小一時間ほどで終わり、勇輝は学園内の壊れた箇所かしょを直してまわった。

 さすがに老人の体力でこれ以上歩き回るのは無理そうだったので、女の職員さんに案内してもらう。

 勇輝が倒れた柱を立て直したり、砕けた石像を元通りにするのを見て、職員さんも感激してくれた。

 そんなこんなで予定以上に時間を使い、じゃあ家に帰ろうかという話になったのはやや日がかたむきかけたころだった。


「ユウキ様、最後にお祈りしていきましょう!

 それがここのお約束事なんです!」


 ジゼルが満面の笑みを浮かべて言う。

 というかテンション上がりすぎて叫ぶというレベル。


「お祈り? マリア像でもあんの?」

「マリアって?」

「ああいや、それ地球での話だった」

「もう、決まっているじゃありませんか~!

 エウフェーミア様の像ですよ!」


「……は?」


「この学園のシンボル、そしてこの聖都の国宝!

『平和を祈る聖エウフェーミア立像りつぞう』です!」

「へ、へえ……」


 ジゼルは勇輝の手を引いて、早足でズンズン進む。

 彼女はハイテンションであったが、勇輝はあからさまなローテンションになった。


(祈る?

 エウフェーミアに?

 何を?

 後輩に力の差を見せつけてニヤニヤ笑ってるような女に、何を祈るって?

 マルツォをブッ壊したことでも懺悔ざんげしようか。

 でももう謝らなくていいって言われてるしなあ)


 つらつらそんなことを考えながら歩き進んでいくうちに、周囲に十代の少女たちが増えてくる。

 それぞれ華美なドレスや女性用スーツなど、高級そうな服装をしている。アクセサリーの細工も見事なものばかり。

 学校指定の学制服などはないようだ。


(こりゃあ、貧乏人にはきびしいな)


 誰もかれもがきそうように自分を着飾っている。

 これは生まれた家の財力や権勢を見せつけているようなもので、自然と身分差のフィルターにかけられているような圧迫プレッシャーを感じる。


 ちなみに勇輝が着ているものはジゼルやクラリーチェが選んだ市販の女性服である。

 街で売っている物としてはそれなりの高級品だ。

 しかし特注品オーダーメイドのドレスを着ているお嬢様たちの中では、ものすごくおとって見えてしまう。


(ベアータ、もしかしてお前はこういう光景が許せなかったのか?)


 貧困がゆえにカルト宗教にはまってしまった殺人集団のことを思い出す。

 ここのお嬢様たちが着ているドレス一着でパンが何十個買えるのだろう。

 しかし彼女たちがドレスを買わなくなったら、服の仕立て屋さんが倒産することになってしまうだろう。

 複雑な心境だ。


「さあ、ユウキ様!」

「うん……」


 けっきょくいのる内容も何も決まらないまま、勇輝は国宝の像とやらの前に立たされた。

 ……しかし。


「はあ?」


 居並ぶお嬢様たちが祈ったり、あるいは跪礼きれいをして去っていく中、勇輝は腕を組み、あきれ顔でその像を見つめていた。

 顔が全然エウフェーミアに似ていない。

 頭からフードのようなものをかぶっているのだが、その隙間すきまからのぞく髪の毛はウェーブがかかっている。髪質がちがう。

 これ、完全に別人だ。


「居なくなってから想像で作ったヤツかあ……」


 これはまったく祈る価値はない。

 勇輝はそう判断してしまった。

 まあイワシの頭も信心という言葉が日本にはあった。

 こんな像でも信仰の対象となれば人々の愛や正義を生みだす力となる。

 それはいつか昇華して天使へと変化し、世界を守る力になるのだ。


「けど、俺はいいや……」


 神様仏様を知っているのに、わざわざ選んでまでイワシをおがむことはない。

 しらけ切った顔で石像をながめていると、横から見知らぬ女生徒がキツイ声色で話しかけてきた。


「そこの貴女、さっきからあんまりな口のききかたではないですか!?」

「ん?」


 緑色の髪の毛をのばした、男装の麗人であった。

 軍服のようなデザインだがクラリーチェが着ているような聖騎士のものとは違う。

 これもオーダーメイドの一点ものだ。


「聞いているのですか!」

「う、うん、聞いてるけど、なに?」


 勇輝のとぼけた態度に、麗人はさらにヒートアップ。


「あなた聖女様の像にむかって、さんざん悪口を言っていたでしょう!」

「いや別に」

「嘘おっしゃい、聞いていたんですよ!

 俺はいいやとか、ブツブツ文句を言っていたのを!」

「ああ……」


 参ったな。という顔で勇輝は返答をためらった。

 彼女の感情をなだめながら自分の意志を伝える方法がわからない。

 仕方がない。ストレートに言ってしまおう。


「だって全然似てねえんだもの」

「なにがです」

「顔、エウフェーミアはこんな顔してないんだよ」

「はあっ!?」


 いよいよ彼女は顔を真っ赤にして激怒してしまう。

 緑色の髪と真っ赤な顔のコラボ。

 なんだかトマトを連想してしまう。


「なにを言うかと思ったら、顔!?

 いったいいつの時代の御方おかただと思ってるんです!

 じゃあどんな顔してるって言うんですか!?」


 勇輝は自分の顔を指さした。


「こんな顔」


 男装の彼女と、まわりでこの騒さわぎを傍観ぼうかんしていたお嬢様がたは、あらためて勇輝の顔を凝視ぎょうしした。

 ガサツな態度と表情で気づかなかったが、とてつもないレベルの美少女である。

 そして何より、ルビーのような紅い瞳。


「ヒッ!」


 ギャラリーの誰かが悲鳴をあげた。


「せ、聖女様!

 紅瞳の聖女様、ほ、本物!?」


 遠巻きに騒動を見ているだけだったご令嬢がたが、一斉にざわめき出した。

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