第52話 限界

 勝った……。

 ベアータの死を確認した瞬間に、勇輝は全身の力が抜けて機兵を座らせてしまった。


「ハア……ハア……」


 いくらたっても呼吸が落ち着かない。

 背中は冷や汗でぐっしょりとれ、少しでも気を抜くと気を失ってしまいそうだ。


「くそ……、せっかく休んだのに、よけい疲れちまった……」


 もう機兵どころか、自分の身体を動かすのも嫌だ。

 気絶しているランベルトたちの安否あんぴが心配だが、それを確認する気力もない。


『ランベルト、クラリーチェ、応答してください。

 ランベルト、クラリーチェ!』


 だからこの通信に受け答えするのも、今や一苦労だった。

 ヴァレリアの声。

 勇輝のクリムゾンセラフも受信している。


「……すいません、二人は気絶しています。

 敵に襲われました」


 声を出すのもしんどかったが、どうにか勇輝は受け答えをする。


「ベアータですよ、生きていたんです。

 けどもう……死にました」


 殺した、とは言いたくなかった。

 人はこれを弱さだと批判するだろうか。


『そうでしたか。

 三人ともひとまず無事なのですね?』


 その言葉に勇輝は苦笑した。

 三人とも機兵はズタズタだ。

 これで無事といえるのだろうか。


『すぐそちらに遊撃隊を向かわせます。

 しばらく待機していてください。

 それと……』


 ヴァレリアは不安そうな顔をしていた。


『民衆の避難が一段落し、例の作戦の準備が整いました。

 あとはあなた次第しだいですが……?』


 たしかにコンディションは最悪だ。

 気力体力ともに使い果たし、自慢の機兵は翼をもがれ片手まで失っている。

 だが、それでも勇輝はやらなければならない。

 気持ちだけは失われていなかった。


「俺はいけますよ、救助はランベルトたちだけで結構です。

 俺は直接魔王の所に向かいます」

『お体は大丈夫ですか?』 

「やります、やってみせます」

『………………』


 しばしの沈黙ちんもくをはさんで、ヴァレリアはうなずいた。


『分かりました、この聖都の運命はあなたにお任せします』


 勇輝はうなずき、通信を終えた。


「さてと……、ふんっ!」


 深呼吸をくり返して、勇輝はクリムゾンセラフを立ち上がらせた。

 機体のダメージを回復させる魔力も残ってはいない。

 このまま歩いて行くしかないようだ。


 だが、それすらも不可能だった。

 五、六歩進ませたところでクリムゾンセラフは力を失い、ヒザから倒れてしまったのである。


「あれ、おかしいな、あれ……」


 動かない。


 ともに何体もの敵を倒してきたこの紅い天使が、今になってちっともいうことをきいてくれない。


「頼むよ、これからが本番なんだぜ。

 あとちょっとでいいから……」


 だが無理だった。

 ほんのわずかな残りカスのような魔力さえも使い果たした勇輝は、もう機兵を操る力が無くなっていたのだ。


「くそ……」


 ついに腕でささえることも出来なくなって、クリムゾンセラフはうつ伏せに倒れる。


「ダメか……、ハア……ハア……」


 限界をこえた疲労が重くのしかかり、意識が遠のいていく。

 閉ざした目蓋まぶたの裏にまず浮かんできたのは、勝ち誇るベアータの顔だった。

 次に浮かんできたのはランベルト、クラリーチェ、ヴァレリアの三人。

 みんなの顔が浮かんでは消えていく。


 そして死んだ祖母の顔が浮かび上がった。


(ばあちゃん、俺けっこう頑張ったよ。

 何度も死にそうになりながら頑張ったよ。

 もう休んでもいいかな……)


 目蓋まぶたの祖母は何も語らない。心配そうに見つめるだけだ。

 いつもの言葉も今回ばかりは言ってくれない。


 正しく生きろと。


 いつも勇輝にそう言ってくれたではないか。

 なのに今だけは言ってくれない。


(これが本当に俺の限界なのか……)


 祖母の言葉も思い出せない。

 天使の声も聞こえなくなってしまった。

 疲れた。

 本当に疲れた。

 もう身体の痛みも感じない。

 クリムゾンセラフとの接続が完全に切れてしまったからだ。

 もう意識がたもてない。

 いや本当は、とっくの昔に意識なんて失っていた。


 勇輝の心は夢のような、夢でないような、にごった暗闇の中をただよっていた。

 自分でおよぐ気力もなく、ただ流れに身をまかせてフワフワと漂う。

 何も見えない。

 何も考えられない。

 そんな中、声が聞こえた。

 誰かの悲痛な泣き声。


 ――ウウウウウウ……。ワアアアアアア……。


 これは魔王ディアボロスの声だ。

 聖都の悲しみ、苦しみの集合体。


 そうだ、この声の主を救うのが、自分に与えられた使命だった。

 泣きつづける悲しみの声を聞いて勇輝は意識をとり戻した。

 今この地獄絵図を救えるのは、自分だけなのだ。


 聖なる都が燃えている。

 人々の幸せがくずれていく。

 自分はなんのために戦っていたのだ。

 この世界を守ると自分の心にちかったからだ。

 自分の正義をつらぬくと、あの青空に誓ったからだ!


「ぐうッ、ウオオオオオ!」


 勇輝は雄叫おたけびとともに気合を入れなおす。

 ほかの誰でもない、この手で守らなければいけない。

 そのために聖女はこの地に生まれてきたのだから。

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