第49話 魔女か聖女か

『だからお前はあそこまでジゼルのことを……』

『は?』

『お前もジゼルも似たような孤児だったんだな』

『!?』


 大差ない境遇きょうぐうなのにジゼルばかり甘ったるい人生をぬくぬくと生きてきたことが許せなくて、だからあんな攻撃的に。


『な、なにをいきなり』

『だっておまえ、本当はアニータって名前なんじゃないのか」

『……!!』


 絶対の秘密をあばかれてベアータは顔色を変えた。

 驚きのあまり返す言葉もなく、ワナワナとくちびるをふるわせる。


『見えたんだ。

 小さい頃のお前が神父みたいな人の家につれられて行って。

 それで、その』


 一瞬の空白。

 そして次の瞬間、ベアータの顔から理性が吹き飛んだ。


『あ、あ、アアアアアアーッ!!』

『うわっ!?』


 錯乱さくらんした彼女がくり出してきた一撃は、今までで最も強烈だった。


『ちがう、ちがう!

 そんな女はもういない!

 死んだ! そんな女はもう死んだ!』


 勇輝のつたえかたはさすがに無神経すぎたらしい。

 彼女のもっとも繊細せんさいな部分に、無遠慮に踏み込んでしまったのだ。


『魔女! お前はやっぱり魔女よ!

 許さない、私はお前を絶対に生かしておかない!』


 ベアータは片手剣のつかに左手をそえた。

 傷ついた右手の分をそれでおぎなおうというわけだ。

 そのかまえに相当の気迫を感じて、勇輝は背筋が冷たくなった。


 き腕を損傷させたとはいえ、こちらは片翼と左手首を失っている。

 そしてあの瞬間移動能力は健在なのだ。

 総合的な戦闘力ではどう考えてもむこうが上だろう。

 つまりこのままでは勝てない。


 どうする、どうする? 


 勇輝は焦り、恐れ、しかしそれでも考えることを放棄しなかった。

 諦めたら、それは目の前の狂女と同じになってしまう。


 よく見るんだ。よく考えるんだ。

 魔力は少しだけ回復している、一度くらいならどうにか仕掛けられるはずだ。


『滅びなさい、新たなる世界のために!』


 考えがまとまる前にベアータの方から仕掛けてきた。

 瞬間移動で姿を消す。


『同じ手で何度も!』


 勇輝はクリムゾンセラフを真横に小さくジャンプさせた。

 直後、空間に斬光がきらめき虚空を切り裂く。

 敵の動きを読んでいた紅い天使は素早く態勢をなおし、逆襲カウンターの突きをはなつ。


『ウグッ!』


 当たった!


 突きは黒い機兵の左肩に刺さり、装甲を浅くそぎ落とす。


『子供のくせに、小ざかしい!』


 ベアータは瞬間移動ではなく、後ろ跳びで間合いを取った。

 そしてじりじりと横に歩いてこちらの様子をうかがう。


『あれ、自慢の瞬間移動はどうした。そろそろ疲れちゃったか?』

『ふん、たまにはこういうのもいいでしょう。

 馬車の移動になれすぎると、自分の足で歩くことが恋しくなるものですよ』


 あきらかに強がりだった。

 その証拠に彼女の呼吸はみだれ、ひたいには汗が浮いている。

 機兵のように巨大な物体ごと瞬間移動をくり返すのは、おそらく見た目ほど楽ではないのだ。

 予想だが、自由自在に消えることが出来るのは、あと数回が限度。


 だがその数回でこちらの攻めをけきり、反対にとどめを刺すのは十分に可能だろう。

 勇輝の体力もほぼ限界だった。


(…………ん?)


 勇輝は《ドゥリンダナ》の足に付着している、白いものの存在に気がついた。

 クリムゾンセラフの大きな白い羽。

 おそらく片翼を切断されたときに付着したものだ。


(……どうして、あれがあんな所に?)


 それは一見どうでもいいようなことだった。

 だがいまの勇輝にはそれがひどく気にかかる。


(もしかして、あいつの瞬間移動って、そういう性能なのか?

 あれがそういうことならば、こっちにも勝ち目があるぞ!)


 勇輝は覚悟を決めた。

 このまま普通に戦い続けても九割がたこちらの負けだ。

 ならば力が残っているうちに勝ち目のあるギャンブルをいどむ。

 自分はこんな所で力尽きるわけにはいかないのだ。

 なぜならば、自分は世界を救うために生み出された聖女なのだから。




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