第35話 ジゼルの願い
「
勇輝の返事を聞いて、ジゼルは突然泣き出してしまった。
「旦那さまはだまされているんです、本当はこんなひどいことをする人じゃないんです」
彼女はたどたどしい口調で涙ながらに語る。
「昔からあの人が出世するのはおかしいとか、この人がいなければ自分はもっととか、そういうことを言う人でしたけど。
でもこんなひどいことをするような人じゃなかったんです。
旦那さまはあのベアータを秘書にしてから、人が変わっちゃったんです。
絶対だまされているんです!」
「そんなこと言われてもなあ、俺たちはこうして迷惑をうけているわけだし。
そもそもこんな場所じゃ何にもできないし」
「じ、じゃあコレあげますから!」
ジゼルはポケットから小さな鍵を手渡してきた。
「この
「はあ!?」
勇輝はおどろきのあまり自分の目をうたがった。
なぜそこまで。
「私、ベアータが変な人たちとコソコソ相談しているのを見ちゃったんです。
なにか変なんです」
ジゼルの表情は真剣だった。
「あの人、旦那さまを嫌っています。
口では旦那さまのためだって言っているくせに、時々すっごく汚いものを見るような目で旦那さまの後ろ姿をにらむんです。
ゼッタイ変です!」
女の
勇輝もあの女と目を合わせた瞬間に、背筋に冷たいものを感じたが。
「うーん、でも具体的に何をすればいいんだ?」
「旦那さまの目を覚まさせてほしいんです。
昔のやさしかった旦那さまに戻ってほしいんです。
だから……」
「そこまでになさい、ジゼル」
話に夢中になっていたジゼルは、その声を聞いて顔面
「まったく、あなたはろくなことをしないのね」
カツ、カツ、カツ、と
「べ、ベアータ、キャッ!」
バシッ!
ベアータは無言でジゼルの
「おいよせ!」
「あなたに命令されるいわれはありません」
勇輝の言葉をはねつけながら、彼女は床に倒れたジゼルの髪をつかみあげた。
たまらず悲鳴を上げるジゼルの顔を、彼女はもう一度叩く。
「まったく、お茶くみしかできないグズのくせに何様のつもりなのかしら。
さすがの
「裏切ってなんかいないもん!
あたしはあんたなんかよりずっとずっと旦那さまのこと大好きだもん!」
「あらそう!」
ベアータは
「ヒグッ!」
「やめろバカ! 手加減のしかたも知らねえのかテメエ!」
「裏切り者には制裁を、当然のことです」
ベアータは勇輝に向き直り、片手を差し出した。
「さあ鍵を返しなさい。
まさか見えすいた脱走劇を演ずるつもりもないでしょう?」
勇輝は紅の瞳を怒りでたぎらせながら答える。
「条件がある、もうジゼルを傷つけるな!」
ベアータは鼻で笑ったが、それでも勇輝の要求を受け入れた。
「
ベアータは鍵を受け取ると乱暴にジゼルを引き、薄暗い
「なんなんだあの女、くそったれ!」
口汚くののしりながら、勇輝は
「俺にどうしろってんだよ、俺は神様じゃねえぞ!」
ジゼルはあの悪党を助けろという。
みずからの危険もかまわずにあれだけのことをしたのだ、出来ることなら彼女の必死の思いにこたえてあげたいとも思う。
だが勇輝はシスターでも教師でもない。
悪党を改心させるなど、出来るわけがないではないか。
「あーわかんねえわかんねえ、この世界に来てから無理難題ばっかりだぜ!」
勇輝はベッドの中に飛び込んで
「……みんなは、
連れて行かれたジゼルの運命は。
ともに
逃亡したランベルトとクラリーチェは。
そして十五の若さで
「分からねえことばっかりだ。
いっそ本当に
じつは、鍵など渡されなくともここから逃げ出すのは簡単なのだ。
魔法の国の
実際にちょっと試してみたが、鉄格子をねじ曲げたり、壁の一部を出入り口に変えたりすることなど朝飯前だった。
それでも逃げ出さないのは、ヴァレリアの身の安全を考えてのことである。
「とりあえず暗くなってからだな。
夜になってからヴァレリア様をさがして相談しよう」
勇輝はそう決めて、日が暮れるまではおとなしく体を休めることにした。
様々な人々の複雑な思惑が混ざりあいながら、時は自然と流れてゆく。
やがて陽は
長い夜の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます