第32話 雑種の子犬
デル・ピエーロ
「二人も取り逃がしただと、役たたずめ!」
「申し訳ありません、現在総力をあげて
「だったら貴様はなぜここにいる。
ムダ口をたたいているヒマがあるならさっさとヴァレリアの
「は、ははっ!」
老人のヒステリーを恐れて、警官はそそくさと執務室からにげていった。
「まったくどいつもこいつも役にたたん……!」
興奮さめやらぬ主人をなだめようと、ベアータが口をひらく。
「まあそう興奮なさらずとも、よいではありませんか」
「これが興奮せずにいられるかッ!」
デル・ピエーロ卿はクドクドと責めるような口調でこれまでの
街中に
……あの
ところが
しかし小娘のあやつる赤い大天使の活躍はまたたく間に聖都中に広まり、非難どころか
軍の不始末がヴァレリアの責任になるように、軍の功績は彼女の手柄になる。
デル・ピエーロ卿たちは結果的にヴァレリアを失脚させるどころか、活躍の機会を与えてしまったのだ。
このままでは腹の虫が収まらんというわけでデル・ピエーロみずから探りを入れに行ってみれば、今度は彼らの計画がなぜか見破られて胸ぐらをつかまれる始末。
気に食わない。まったく気に食わない。
「だいたい今回の策は貴様が考えたのだぞ、なに一つうまくいっておらんではないか!
どう責任を取るつもりだ!」
ベアータは興奮した老人をなだめながら次の手を考える。
「たしかに想定外のトラブルが発生したのは事実です。
ですがベルモンド卿をおとしいれるという目的は十分に達成可能ですわ」
ベアータは例の冷たい笑みを浮かべて、老人に小声でささやく。
「今回の一件をベルモンド卿の自作自演ということにしてしまえば良いだけです。
売名行為のために聖女などという存在をでっち上げて、
いかがです?」
「むむ、良かろう、それしかあるまい」
「そのためには、ベルモンド卿と例の小娘を
「……仕方あるまい」
あまり気ののらぬ様子ではあったが、彼はベアータの提案を承認した。
さらに悪だくみの協議を深めていこうとする二人。
だがそこで扉がノックされたので、二人は口を閉ざした。
「あの~、お茶をお持ちしました~」
ジゼルがティーセットをのせた台車を押して部屋に入ってくる。
それをベアータはあからさまに邪魔者あつかいした。
「ジゼル、
「で、でもあの、お飲み物があったほうがいいんじゃないかって思って、その」
「用があればこちらから呼びます。お下がりなさい」
「でも、あの」
「お下がりなさい」
ベアータの威圧的な態度にジゼルはおびえていた。
その様子を見かねて、デル・ピエーロ卿が助け舟をだす。
「まあ茶の一杯くらい良かろう。ジゼル、用意をしておくれ」
「は、はいっ」
その言葉にジゼルは喜びを、ベアータは不快感を示した。
一仕事を終えたジゼルがうきうきとした笑顔で退室するのを見送ってから、ベアータは苦言を口にする。
「なぜあのような者を
「そう言ってくれるな、あれはあれなりに尽くそうとしてくれている」
「たしか、
「ほんの気まぐれだ」
そういう老人の顔は、どこか照れくさそうだった。
「集められた孤児たちの中であれの泣き声が一番やかましかったのでな。
なぜか分からんが、引き取ったその時からすぐ子犬のようにじゃれてきおったわ」
「……もう十分すぎるほど
暗に「邪魔だからクビにしろ」と言うベアータに対して、デル・ピエーロ卿はすねた子供みたいな顔をした。
まるで捨てられた子犬をペットとして飼いたい、とわがままを言う少年のような。
「……雑種の犬でも、十年飼えば多少の情がわくものだろう。
さあくだらん話はやめだ、今はそれどころではない」
ベアータはつまらなそうに鼻を鳴らした。
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