第33話 全裸です

 ベルモンドていから連れ去られて、勇輝とヴァレリアは別々に取調べをうけることとなった。

 勇輝が警官隊に連行されたのは、前後左右すべてを石壁でかこわれた薄暗い部屋だ。


 部屋に置いてあるのは大きく頑丈そうな台座に設置された巨大な水晶球。

 風呂桶ふろおけくらいの大きさがある白い器。

 そして様々な薬品の入ったたなと、あとは記録官用のシンプルな机とイス。


拷問ごうもん部屋にしちゃあ、変わったアイテムがならんでいやがるな」


 虚勢きょせいをはる勇輝を、だれかが笑い飛ばした。


「ハッ、いきなりそんな時代錯誤さくごなマネはせんよ」


 後ろから何者かがおくれてやってきた。

 デル・ピエーロ卿とベアータだ。


「テメエ!」


 つかみかかろうとする勇輝を警官たちがとり押さえる。

 腕力ではどうにもならない。


「これから《真実の目》による取調とりしらべをおこなう!」


 デル・ピエーロ卿が宣言すると、警官たちがいそがしく働きだした。

 彼らの操作によって水晶球がほのかに輝きだし、風呂桶のような器には薄緑色の液体がみたされていく。


「なんだ《真実の目》って」

「精神をそのままうつす魔法の水晶です。

 うそをつくことは不可能ですよ、覚悟をお決めなさい」


 勝ちほこったようなベアータの態度に、勇輝はケッとのどをならした。


「そいつぁ丁度いい、どっちが嘘つきかハッキリさせてやるよ」


 目をギラつかせてすごむ勇輝に、ベアータは思いもよらぬことを言いはなった。


「いいでしょう、では服を脱ぎなさい」

「……………………はい?」

「服を脱いで、その薬液に肩までつかりなさい。

 同じことを三度は言いませんよ」


 勇輝はしかたなく上着を脱いだ。


「全部です」

「いや、えっと」


 勇輝はためらった。複数の男の目があったからだ。


「あまり甘えた態度をとると、ベルモンド卿の身に危害がおよびますよ?」

「……チッ!」


 そう言われてはさからえない。

 勇輝は仕方なく下着を脱ぎ捨てた。

 一糸まとわぬ彼女の裸身を見て、男たちから感嘆のため息があふれる。

 すき通るような白い肌には傷一つ、シミ一つ無い。

 野蛮やばんな態度からは想像もつかないほど、彼女の身体は清らかで美しかった。


「ここに、入ればいいんだな」


 勇輝は薄緑色の液体に足のつま先をチョコンと入れて、全身にトリハダをたてた。


「うひぃっ!?」


 とんでもなく冷たい、まるで消毒液だ。


「こ、これに全身つけるの?」

「わがままを言うと、あのヴァレリアが」

「わかったよ!」


 小さく悲鳴を上げながら、勇輝は氷水こおりみずのように冷たい薬液に全身をひたした。


「つ、つ、つ、冷てええええええ!

 なんかするなら早くしてくれよ!」

「すぐ楽になります」

「ららら、楽? な、何の話……ん…………?」


 強い眠気におそわれて、勇輝は頭をクラクラさせた。


「よし、始めよ!」


 すぐ近くにいるはずのデル・ピエーロ卿の声がやけに遠く聞こえる。

 目を開けていることもできなくなって、勇輝は意識をうしなった。




「何だ、これは」


 巨大な水晶球には異様な光景が広がっていた。

 そびえたつビルディング街。

 道路を走る自動車。

 見たこともない文字、髪型、服装……。


 この世界の者たちにとって、勇輝の魂にきざまれた記憶はまったく異質のものばかりであった。


「ベアータ、これは何だ」


 上司に問われてベアータは顔をしかめる。

 彼女にも分かるわけがない。


「さあ、このような街が存在するのでしょうか。

 それとも彼女の妄想の世界なのでしょうか。

 この装置はあくまでも対象の精神をうつす物ですので、現実と妄想の区別まではつきません」

「妄想だと、こんな奇妙な妄想をいだくものか?」

「私には分かりかねます」


 とまどいながら両者が言葉をかわしていると、映像が切り替わった。

 大型の水晶球は勇輝がおぼろげにしか覚えていなかった記憶を、鮮明に呼びおこしてくれる。


 電車にはねられ、事故死した勇輝の魂は空をただよっている。

 まわりを何者かが囲んでいた。

 数え切れないほどの大勢だ。


「うぉ、おおおお!」


 デル・ピエーロ卿がさけんだ。

 囲んでいたのは、天使だった。

 背中に白い翼をはやした天使が、数え切れないほど勇輝のまわりを飛んでいる。

 その天使たちの中から紅い眼をした金髪の美女があらわれた。


「せ、聖女だ」

「本物の聖エウフェーミアだ!」


 警官たちの中からも声が上がった。


『私の声が聞こえますか?』

『私の姿が見えますか?』


 紅い眼の聖女が語りかける。

 勇輝もその言葉に答えていた。


 それからも水晶は映像をつづける。

 昨日の夕方、事件が発生したその時のシーン。


 決意を固めた勇輝は天使のアドバイスをうけて紅の天使を生み出し、その力で数々の悪魔ディアブルを討ち果たしたのだった。


「ほ、本物だ、彼女は本物の聖女だ!」


 誰かがたまらず叫んだのをきっかけに、室内は騒然となった。


「おだまりなさい! 静粛せいしゅくに!」


 ベアータに一喝いっかつされて室内は静まり返る。

 しかし全員の内心がおだやかでないことは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


「言うまでもありませんが、この件は一切口外してはなりません。

 万が一、外部にもれた際はしかるべき処罰を覚悟していただきます。

 そうですわね猊下げいか?」

「う、うむ」


 ぬかりなくデル・ピエーロ卿の言質げんちをとって、ベアータは警官たちに退出を命じた。


「この部屋はひとまず封鎖いたします。

 許可なく出入りする者は罰しますよ。

 総員退出!」


 部屋を出ていく誰もが困惑の表情をうかべていた。

 魂は嘘をつけない。

 つまりいま見せられた神秘的な映像はすべて真実ということになる。


 だがその一方で彼女は犯罪容疑者として連行されてきた者なのだ。

 もちろんこの場にいた警官隊はみなデル・ピエーロ卿の息がかかった、私兵同然の者たちである。

 だがそれでも目撃した出来事に対して、無感情ではいられない様子だった。

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