短編集

すいな

突然、とんでもない音をたて、部屋の扉が開いた。

俺は、驚いて振り返る。

「お兄ちゃん! 私の紫のアイライン勝手に使わないでって言ったでしょ!?」

入り口には、あからさまに怒気を含んだ声と表情を伴い、透が仁王立ちしていた。

…またか。

「知らねえよ! 俺じゃないって前にも言っただろ!? なんで俺がお前のアイラインを使わなきゃいけないんだ!」

透を睨みつけながら俺は言う。

今日で二回目だ。ほんの2週間前くらいに、まったく同じような言い争いをした。

そのときは俺が身の潔白を証明したが、まだ納得していないのか?

「理由なんか聞いてないの! 私、お兄ちゃんが私のメイク道具入れ漁るの見てたからね!」

俺の抗議に、突拍子もない証言を返す透。俺は声を荒げた。

「はぁ? いつの話だよ! 俺はそんなことしてねえよ!」

「もう忘れたの!? 昨日、私が遊んで帰ってきた後! 私がいないの見計らって、アイライン探してたんでしょ!」

なおも言い募る透。濡れ衣もいいところだが、それよりも気になることを彼女は口にした。

…昨日、俺が帰ってきたのは夜8時。その時には、もう透は家にいた。

「何言ってんだ? 勘違いじゃねえの? 俺が帰ってきたのはお前の後だぞ」

少し声のトーンを落とした俺に対し、透の声はどんどんヒートアップしていく。

「誤魔化そうとしたって無駄だから!! 私見たんだからね! 現に、私のアイラインもう掠れかけてるし! お兄ちゃんが使わなきゃこんなに減らないもん!」

徐々に早口になる彼女に、俺の怒りは再燃した。

「知らねえっつってんだろ!」

「嘘だ!」

「じゃあ母さんに聞くか!? 俺がお前より後に帰ってきたってことを証明してくれるだろうよ!」

「上等!」

そう言い放つと、透はくるっと後ろを向き、1階に向かって叫んだ。

「おかーさーん!! 昨日、お兄ちゃんが帰ってきたのっていつー!?」

「雄吾のこと? たしか、8時くらいだったかしら」

おっとりした、俺の味方の声が聞こえてきた。

口をとがらせ、あからさまな不満顔のまま振り向いた透に、俺は不敵に笑った。

「ほら、聞いたか? 濡れ衣だよ」

「…」

言い返す様子はない。

「母さん! ありがとう!」

俺は身の潔白を証明してくれた母さんに向けて、叫んだ。

下からは再び、おっとりした声が聞こえてきた。

「あら、雄吾。いつの間に上に行ったの?」

…え?

「ずいぶん前からいたけど…」

否応なく、声のトーンが落ちた。

どうやらそれでも聞こえたようで、少し不思議そうな声が俺に向かって投げられた。

「じゃあ、私の勘違いかしら。さっきまであなたが1階のソファに座ってスマホを見ていたような気がするのだけど…」

…腕に、鳥肌が立った。

無言で透が俺の机に近づき、引き出しをそっと開ける。

そこに入っているはずのスマホが、なかった。

「…私の目は、別に間違ってなかったのかもしれないね」

俺の隣で、透がぼそりと呟いた。

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