第5話

 バサッ!


 その瞬間


 バサバサ



 なにかを切り裂くような音が響き渡る。


「きいいいいいいい」



 同時に千佳の奇声がこだましてきた。



 バサバサバサ



 バターン


 バタバタ



 地面に次々と堕ちる音。


 どすーん


 大きな物体が叩きつけられるような音を最後に静けさがもどる。


 そこで奈乃は閉ざしていたはずの目を開くことができた。



「大丈夫?」


 気づくと、奈乃のすぐ前には一人の少年の姿があった。



 テツだ。


 テツが背中を見せながら顔だけをこちらを向けている。


 手にはなにかを握っているような形になっているが、奈乃には何を握っているのかわからない。


「澤村くん?」


 奈乃がその名を告げると、なぜかにっこりと笑う。


「おいの名前、覚えとったね」


「当たり前たい。クラスメートじゃ」


「そうやったね。それよりもここから離れた方がよかよ。まだ倒しとらんから」


「え?」


 すると、地面に倒れていたはずの化け物が再びおきあがってくる。



「邪魔するなああああああ」



 化け物から声が聞こえてくる。


「千佳ちゃん」


 奈乃がその名を呼ぶとテツが驚いたように振り替える。


「知り合い?」


 奈乃がうなずく。


「井手千佳ちゃん。去年死んだはずと」


「そういうことか。なんで?」


「殺された」


「殺された? 誰に?」


 奈乃は首を横に降る。


「そういうことかあ。そりゃあ、化けるばいねえ」


 そういうとなにか長い棒のようなものを構えるしぐさをする。


 いや、なにもないわけではない。気づけば、長い棒をその手にもっていたのだ。棒の先っぽにはやいばのようなものが備わっている。


 それをなぎなたとよばれる武器であることを奈乃は知らなかったのだが、あの化け物を退治する為の武器であることを理解した。


「今度はちゃんと祓うけん」


 そういって、彼は起き上がった化け物に向かって駆け出そうとした。


「だめえええええ」

 

 奈乃は思わずテツに体にしがみついてしまった。


「!!?」


 テツが振り向くと、奈乃が泣きそうな顔で自分を見ていたのだ。


「だめだめだめ。千佳ちゃん、だめ。千佳ちゃんだからだめ」


 必死にそう訴えかける。


 千佳だ。


 あれは千佳だ。


 やっと会えた。


 やっと謝れるんだ。



「傷つけないで、傷つけないで」


 必死に訴える彼女にはテツはただ戸惑う。



「遊ぼう。遊ぼう。ねえ、一緒に遊ぼうよ」

 


 化け物から声が漏れる。



 それは奈乃を呼ぶ声だ。



「遊ぼう。遊ぼう。奈乃ちゃん。遊ぼう。ほーら。一緒にチナチナ……」


「マジック」

 

 奈乃はそう答えると同時に、テツから離れて化け物乃方へと歩きだした。


 テツはそれを必死に止めようと手を伸ばす。奈乃の手はすり抜け、テツの手が宙をさ迷う。


 奈乃の体に枝が巻き付いていき、あっという間にテツの目の前から消えた。


 直後に化け物となった木々が次々と枯れていく。


 その様子を愕然と見ていたテツの膝が折れ、そのままストンと地面に落ちる。


 いま成すべきことが見つからず、思考が停止する。



 少女が消えた。


 少年の目の前で


 少女が消えてしまった。



 消えた。


 消えた。



 

 テツは名を呼ぶ。


 けれど、



 その名は目の前で消えた少女の名ではなかったのだが、彼にとっては大切なものの名だった。







 

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