時を駆ける天才軍師(童貞)、改変チートで二股をごまかす~金髪皇女vs赤毛の最強女戦士vs童貞クズ野郎&毒舌ニートのマリア様~
蔵沢・リビングデッド・秋
1章 (クズとして)覚醒する天才軍師(童貞)
1 レオ・フランベールの供述
絢爛としたホールにシャンデリアが瞬き、テラスから差す月光の最中、慎ましく華やかな談笑の声が響いている――。
マグノリア帝国の中心、その王城で開かれた終戦記念式典の場には、多くの来賓が、各々の風習に合わせたドレスコードに着飾って、場に華やぎを灯していた。
世界中大小様々、それまで各国いがみ合い戦争を繰り広げていた世界で、悪の親玉とも言うべき“魔王”をその国々が力を合わせて打倒してから、半年。
ようやく世界に訪れた平和、それを示すパーティの片隅に、一人の青年が物静かに立っていた。
レオ・フランベール。式典用の軍服に身を包んだ、二十歳そこそこの青年だ。
黒い髪に、赤い瞳――中性的で、恵まれない生まれでありながら貴族のような気品ある顔立ちをしている、青年。
英雄。そう、呼ばれている。
魔法使い。そうも、呼ばれている。
マグノリアの悪魔。赤い目の英雄。マグノリア帝国が誇る天才軍師、赤眼のレオ。
このマグノリア帝国に栄光をもたらし、魔王に対する同盟として敵対関係にあった諸外国と協定を結び、引いてはこの平和を現実にした、掛け値のない英雄。
彼は、一人パーティの隅の壁際に立ち、勝ち取った平和の光景を眺めていた。
各国様々――外交官と武官とその妻を中心に、このパーティには人が溢れている。そして、妻達は固まり、一様にどこか不機嫌そうに声を欹て……外交官と武官たちは、その会場に咲いた二つの華に、その視線を二分していた。
「……ようこそ、いらっしゃいました」
視線を浴びる一人は、少女。白い気品あるドレスに身を包んだ、金色の長髪に青い瞳の、それこそ見るだけで男たちがため息をついているような、美人。いや、美人の片鱗を見せている華奢な少女、か。確か、もうすぐ18歳になるんだったか。
シャロン・マグノリア。このマグノリア帝国の唯一の皇女であり、諸外国の貴公子が都度婚姻を申し入れ、そのたびに彼女を溺愛する皇帝に突っぱねられている、それこそ世界有数、あるいは随一の高嶺の華だ。
「ええ。私も、お会いできて光栄です」
柔らかな笑みと共に愛想を振りまく彼女の片耳には、青い宝石のついたピアスが揺れている。その揺れにすら見惚れるように、周囲の男達はまたため息を吐き――。
――そして、そんなシャロンとこの会場の視線を二分しているもう一人の姿が、向こうにあった。
「ん?ああ、お前は……久しぶりだな。覚えてるよ、殺し損ねた相手を忘れるかって」
背の高い――珍しくヒールを履いているからだろう、いつもより更に背が高く見える、美女だ。赤いドレスに身を包み、まとめ上げた赤毛に赤い華の飾りが映えている。
レオより少し上の、21歳。灰色の目の美女にして、英雄。
アリシア・スカーレット。実際に魔王を打ち取った、この世界で最強と呼ばれる武人。鮮血のアリシアと、敵対した全ての人間から恐れられる彼女は、けれどシャロンとは違い気さくに笑い、歩くたびに深いスリットから見える素足に、男達の視線が集中し……。
「……ヒールって、歩きにくいんだな」
そんな風に言って、視線を浴びる事に慣れていないように、苦笑している。
二人ともに、このマグノリア帝国が誇る指折りの美女だ。
一人は、帝国最強の後ろ盾を持った少女。
一人は、帝国最強の武力を持った少女。
そんな彼女たちがこのパーティの主役で……それを、レオは遠目に眺めていた。
と、だ。
「レオ?」
遠目に眺めるレオの元に、シャロン・マグノリアが歩み寄り、上品にスカートを持ち上げ、頭を下げる。
「これは殿下。……華やいだ場に良くお似合いです」
何所か不愛想に、パーティ嫌いのレオが答えると、彼女の取り巻きになりつつある各国の外交官が、口々に呟く。
若造が、と言う見下すような呟きの後、……敵に回してはいけない、と言う自戒が見えるように、外交官たちの口は閉ざされる。
そんな取り巻きを背後に、シャロンは困ったような笑みをレオにだけ見せ、それから、何かを取り出し、レオに手渡した。
「……このパーティを開けたのは、貴方のお陰です。戦後忙しくて、渡す機会がありませんでしたが、個人的に。ねぎらいと言ったら、……なんだか偉そうですが」
そんな言葉と共に差し出されたモノを、レオは受け取る。
万年筆、だ。使い出に困らないようなモノを、シャロンはレオに贈ってくれたらしい。
「……ありがとうございます、殿下」
そう頭を下げたレオを前に、シャロンはどこか悪戯っぽい、意味ありげな微笑みを浮かべて、背を向け、別の相手へとあいさつに行った。
皇族は何かと大変なのだろう。そう見送って、それからレオは、受け取った万年筆に視線を落とした。
そこには、一緒にメモが握らされていた。メモにはこう書いてある。
“明日。……楽しみにしていますね?”
皇女殿下からのお誘いだ。内々のデートである。そんな内容のメモを前に、レオは依然仏教面で、貰った万年筆とメモを一緒にポケットに仕舞い込み……そこで、また別の声が、レオへと投げかけられる。
「レオ!」
こちらへと歩み寄ってきているのは、赤いドレスの美女――アリシア。
彼女の取り巻きとなった武官たちは、……特にレオを目の敵にしようとする様子もなく、だが、武官らしく油断なく、かつて敵で今味方であるレオを眺めていた。
そんな視線を浴び、パーティに似つかわしくない戦場の気配を思い出し、知らず緊張感を高めたレオの前で――。
「うわっ!?」
ふと、そんな素っ頓狂な声を上げて、アリシアが足をもつれさせ、レオへと倒れて来た。
「おい、大丈夫か?」
そう、彼女を抱き留めたレオの耳元で、その一瞬、周囲に隠れて内緒話でもするように、アリシアが囁く。
「……明日の約束、忘れてないよな?」
「………………ああ、」
完全に仏教面以外の何物でもない表情で、小さく答えたレオを前に、アリシアは身を離し、
「ハハ、やっぱり、ヒールってなれなくてさ、」
周囲に誤魔化すように言いながら、少し恥ずかしそうに微笑んで、
「とにかく、また会えて嬉しいよ」
そう言うと、彼女は彼女で、別の相手に挨拶しに行くんだろう。レオの前から歩み去って行った。
そうやって、このパーティの華二人から挨拶を受けたレオは、尚もクールに、仏教面で……内心正直生きた心地がしていない。
(………………ヤバイ、)
天才軍師はそれしか考えられなかった。
何がヤバいかと言えば当然現状、そして明日、更に言えばその後の未来がヤバイ。
端的に言おう。
レオ・フランベールは今、二股している。
帝国唯一の皇女と、帝国最強の女戦士……その二人を相手に。
思いっきり二股かけていた。
*
「別に、しようと思ってしてる訳じゃないんだ。気づいたら何故かそう言う感じになってたんだ……」
レオ・フランベールはそう供述する。
供述、と言うか、ある意味それは純然たる事実である。
この世界には戦争があった。魔王を相手にする最終決戦があった。その陣頭指揮を、天才軍師レオ・フランベールは取っていた。
その、出陣前……。
『貴方の無事を、祈っています。レオ。帰ってきたら、私と……』
シャロンはそんな風に何かを言いかけて、言い切らず……そんなお姫様を前に決戦前でテンションイケイケだった青年はとりあえず、
『ああ』
と力強く答えた。……ような気がする。正直いまいち覚えていない。
そしてそれからしばらく経って、魔王軍との戦闘の前夜。
実際に前線、一番槍になる予定のアリシアは、彼女にしては珍しく弱気な様子で、
『怖いな。でも、あたしは……あ~。ハハ、今の方が怖いかもな』
そう一人誤魔化すように笑い、と思えば真剣にレオを見つめ、言った。
『レオ……。勝ったら、頼みがある。聞いてくれるか?』
『……ああ、』
軍師として部下の士気を下げる訳に行かなかったしやっぱりまだイケイケテンションだったレオ・フランベールはとりあえずそう、頷いた。
……ような気がする。そっちもやっぱり正直いまいち覚えていない。
とにかくまあ、そして、だ。
なんやかんやで魔王は死んだ。
そしてなんやかんやで世界は平和になった。
そして……本当の地獄はその半年後。戦後処理を終わらせ、漸く故郷でゆっくり出来る、と思ったそのパーティ前日から始まった。
久しぶりに会ったアリシアは、出会い頭にこう言った。
『よう、レオ!恋人に会えなくて寂しかったか?』
久しぶりに会ったシャロンもまた、レオとの出会い頭にこう言ってきた。
『やっと、会えましたね?約束、覚えてますよね……?』
そして今である。
「……いつの間にか、俺は二人の恋人になってた。同時に。気づいたら二股してる事になってた……」
我が家であるアパート。レオが軍師として身を立てた後、生活の拠点とし続けていた部屋であり、どれだけ身分が上がろうと何となく愛着がわいて住み続けた、そんな英雄の割にボロい家の中で、パーティから無事生還してきたレオはそう、床に直接座り込み呻くように言う。
そんな彼の前には、また別の女の影があった。
「死ね」
きわめて単刀直入かつ辛辣に言い捨てたのは、黒い髪の、それまた美女だ。
マリア。そう名乗っているスレンダーな美女、いや少女か。見た目だけで言えば、シャロンと同じかそれよりも若く見える。黒いタンクトップにショートパンツ、そんな極めて軽装で、我が物顔にソファに横たわり、伸びっぱなしの長い髪を鬱陶しそうに、好物のさくらんぼを口に運ぶ。
そんな彼女を前に、レオは言った。
「死ね、じゃない。……マジで死ぬ可能性がある。シャロンをフったらどうなる?皇帝が、マグノリア帝国が俺を殺しに来る。間違いない。あの皇帝は娘の事となると我を忘れるんだ……」
一度シャロンが攫われた事があった。誘拐事件、だ。
それ相手に皇帝はマグノリア帝国の全兵力を動員しようとしたのだ。レオがどうにか諫め、レオ自身が出向いてどうにかシャロンを助けたのだが……あの時皇帝は2秒に一回賊を殺せと言っていた。目がマジだった。
正直、魔王よりも娘絡みで分別が消えた皇帝の方が怖い……。
そう顔を顰めるレオを横目に、マリアはどうでも良さそうに言う。
「なら、アリシアの方をフれば良いだろう?」
「アリシアを振ったらアリシアに殺される。お前だって知ってるだろ、鮮血のアリシアだぞ?」
鮮血のアリシアの名は伊達ではない。彼女は一人でそれこそ一国を相手に出来てしまえるほどの戦力を秘めていて、しかもノってくると殺戮中笑顔になる大切なネジが外れている英雄だ。
必死にその手綱を握ってレオはどうにかこの世界を平和にしたのだが、もしそれを怒らせでもしたら……それこそ、物理的に八つ裂きにされる可能性がある。
そう、戦々恐々とするレオを横目に、マリアは言った。
「素晴らしい言い訳だな。ただ気分が良いから女を侍らせたいだけの癖に。その口先の結果が二股か」
そう言ったマリアを、レオは苛立たし気に睨み付け……それを横目に、ため息のように、マリアは言った。
「睨むなよ。ならもう、いっそ使ってしまえば良いだろう、
魔女はそう、言っていた。
彼女は人間ではない。初めて会ったのが12歳の頃で、今レオは20歳。
その8年の間、マリアは年をとっていない。ずっと10代後半の見た目のまま。
女神とも悪魔とも魔女とも、マリアは自称している。少なくともこの世界のルールの外にいる存在である事は確かだ。
そして、それに見初められ能力を手に入れたことで、スラム生まれの何者でもないガキは天才軍師、英雄となった。
能力の内容はシンプルだ。
死んだら好きなタイミングからやり直せる。ただそれだけで、だからこそ強力で絶対的な、チート。
確かに、それを使えばこの状況は根本から回避できるかもしれない。が、……。
「シャロンともアリシアとも、多分、約束をしたのは魔王と戦う前だ。そもそももう戻れないし、戻れたとして……あそこで何回やり直したと思ってる?」
「1万5千4百6……2?」
「3だ。15463回。それだけやって漸くすべてが理想的に動いて、奇跡的に勝てたんだぞ?……もう一回やるのは不可能だ」
レオはそう言った。
“改変”は結果だけを見るならば確かにチートだ。理想の世界になるまで幾らでもやり直せるのだから。
だが、その成功に辿り着くまでの期間、当然努力し続けなければならない。主観時間が膨大になることが、その能力のデメリット。
気付いたら二人と恋人になっていたと、そんな状況に陥っているのもまた、ある意味レオの能力のデメリットの結果である。
あらゆる手を尽くした魔王戦は、平均して1ループ3日程だった。それが、15463回。
15463回、3日間を繰り返した。
主観時間で127年程、その数日を繰り返していたわけである。
つまり、決戦前の約束も、……127年+半年前にした約束になる。正直、魔王戦で死に過ぎたせいもあって、おぼろげにしか思い出せないのだ。
そんな事を思いながら、レオは言う。
「それに、俺はもう“改変”を使う気はない。……あまりにアンフェア過ぎる」
「なんだ。スラム生まれが、騎士道精神を覚えたか?……二股してる癖に良くそんな事が言えるな」
「…………」
返す言葉もなく視線を泳がせたレオを横目に、マリアは言う。
「別にもう、お前がいつどんな……それこそ英雄に似合いの色欲まみれの死に方をしようと構わないが、フェアでいたいなら筋を通せば良いだろう?明日二人とデートだそうじゃないか。両方に正直に話せば良い。お前の勘違いだ、勝手に盛り上がるなって。それで済む話だろう?簡単だ」
「わかってる。そのつもりだ。……言い方は選ぶけどな、」
そう、魔女に答えて、レオは自室へと立ち去っていく。
ソファに雑に横になったまま、マリアはそれを眺め……やがて、言った。
「硬いな。漸く掴んだ平和だろう?楽しめば良い。レオ、ここはお前の望んだ、お前の掴み取った世界だ」
一人、魔女は嘯き、さくらんぼを手に取って、窓の外の月夜を眺めた――。
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