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「待たせたな」

 そのとき、奥からウルカがやってきた。隣には、スラリとした長袖姿の少女が歩いている。ベリーショートの赤髪に茶色の瞳を持った彼女は、狼のような灰色の耳と尾を生やしていた。

「用件を聞こう」

 アイスコーヒーに手を伸ばしたウルカは、女性客の黒い瞳をじっと覗き込む。ポテトをちまちま食べ始めた青年や、八重歯を光らせながらバーガーにかぶりつく獣人のことはお構いなしだ。

 女性は茶色の髪を垂らして俯いていたが、やがて深く息を吐いてウルカの方を向いた。赤い口紅が、白い肌によく似合っている。

「私はルカと申します。カレ公爵の正式な婚約者です」

 「正式な」の部分をやたらと強調した彼女は、膝の上でギュッと拳を握りしめた。

「へー、お姉さん、カレ公のお嫁さんになる人なんだ。どうりで美人なわけだよ」

 指先の塩をぺロペロと舐めながら、ティオが相槌を打つ。先ほどから、彼はウルカの長い黒髪を見ては、「やっぱり、結んだ方が絶対いいって」などとつぶやいていたが、ようやく別の言葉を口にしたようだ。

「正式な許嫁ですので。幼少期からずっと、私はカレ公爵の正妻になると言われて育てられてきたのです」 

 

 ――刹那、ルカの瞳は憎悪の色に染まる。それは、復讐者が宿す黒々とした感情。

「……ですが、カレ公爵は突然、私との婚約を破棄したのです。出自の分からないおかしな女に惚れたのがきっかけです」

 ウルカは小さく首を傾けた。この手の依頼は、代行業者にはよくあるものだ。貴族の世界にも、様々な確執がある。



 

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