279 暖かい抱擁②

 できれば気軽に使って欲しくないのだけど、とジト目で見やったヴォルは足枷を外している間「ミグおねえちゃんをいじめないで!」とナキに足を蹴られていた。そばにあったその少女の手を捕まえてヴォルはため息をつく。


「このおじょう様も借りていきますよ。テッサ様と元帝国兵はここにいやがりください」


 そう言われて大人しく従うテッサとヴィンではなかった。すかさずいっしょに行くと主張したふたりに、ヴォルはめんどくさそうな一瞥いちべつをくれただけだった。その様子にミグは押し込められた焦りのような空気を感じて眉をひそめる。

 戸惑うナキの手を引いて歩きざまあごを軽く上げたヴォルの指示に従い、ミグは足に力を込める。立って歩くことは思ったよりも滑らかにできた。それだけのことが懐かしく思えて、裸足の足裏がなんだかふわふわする。

 帝国の危険な人造魔人に靴を用意してやる義理はないのかもしれないと思うと、視線が下がった。だけど足先はぽかぽかしていてちっとも寒くない。

 ミグのすぐ前に入ってきた警備兵につづいて階段に差しかかる。片足を上げた時、体がふらついてしまった。これくらいいつもならすぐに立て直せるのに、寝起きの体は鈍く、断魔鉱の手枷のせいで力が出ない。

 傾く体を誰かのしっかりとした胸が受けとめてくれた。


「ヴィン……」


 見上げた先の彼はハッと目を引くほど切なく悲しげな表情をしていた。その目元がひくりと震えては、少しずつ少しずつ、ほどけていく。そしてまた思い出したように力を絞る。

 まるで触れ合ったところから広がる温もりに溶けていく砂糖だった。安堵のてらてらした輝きに、匂い立つ喜びの甘い香り、そして離れがたさが蜜となってとろけ出す。


「ヴィン」


 やっとちゃんと会えたね。きみに触れたかったよ。想像通りあったかい手だね。

 たくさんの思いが胸に込み上げてきたけれど、それを伝えるには時間が全然足りなくてすべてを込めて名前を呼んだ。

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