第9話
「規格外の狙撃は、敵の魔法症状患者のマナを用いた狙撃です。一種のレールガンと言っても過言ではない長距離高貫通、しかも精度の高い遠距離攻撃は我々を一歩たりとも近づけてくれないのです」
「なるほどな。おそらくインタタール理研が開発した魔法症状患者用のマナ兵器だろう。つまりマナを原動力とした武器だ。試してみないと分からねえけど、戦車だって撃破できるかもな」
「……ええ。実際こちらの主力戦車を破壊され、他の戦車は待機中です」
「ほらな」
イチコは沈痛な思いの副官を指さして笑った。
マイはそんなイチコのお口をチャックして、会話を続けた。
「まずはこの場所の正確な地図をお願い。それから敵の狙撃距離と威力の詳細、遮蔽となりそうな地形、現在の情報を全て開示して」
「わ、分かりました」
指揮官は部下に命じて全ての資料を会議室のテーブルに集める。マイは資料が着き次第すぐにそれらへ目を通していく。
マイのその集中力と読解するスピードは普通ではない。紙とデジタルのデータ両方に目を走らせ、一度斜め読みしただけで次に取り掛かる。私たちはそんなマイの凄まじい解析力に舌を巻くばかりだった。
「よしっ。作戦を話そうか」
マイが一息をついたと思えば、そうあっさりと言い出したのだ。
「!? もう打開策を思いつかれたのですか!」
「ええ、まずは地下の下水施設に向かおうか。話しは道中で行おう。念のため護衛も何人か連れてきて、それと送水ポンプ用の原動機と溶断と溶接用の機械を至急用意してね」
マイは言うや否や行動を開始した。
私たちは準備を整えて地下への入り口を通り、下水施設に入る。想像ではひどく汚く古く暗い場所を想定していたが、それはいい意味で裏切られた。
下水施設は大小の管が延々と直線に伸び、ライトによって真っ白なコンクリートと下水管を映し出していた。広さも住めるほどに十分あり、そこが下水道と言われなければ居を構えられるほどだった。
「作戦内容を伝える。敵は地上を常に監視し、索敵ドローンでさえ撃ち落としている。これに対応するには敵以上の遠隔武器か遮蔽を用いた接近、そして地下からの侵攻しかない。それ以外は無理ね」
「し、しかし地下からの侵攻は不可能です、何故なら――」
「そう、地下からの攻撃を常人が行うのは不可能。何せ敵の監視塔へ行き着くには下水管内を通るしかないからね」
マイは会話を続けながら下水施設を歩いていく。
私は話を聞きながら、どうしてかとても嫌な気配を感じつつあった。
「ですが下水管は細く、しかも中は下水が流れています。それでは何人も通ることはできません」
「何人も? いいやこの中でそれができる生き物が1体だけいる。あくまでも仮定だけどね」
マイはちらりと私の方を見る。それにつられて皆の視線が私に集中した。
「まさか……嘘だよね」
「嘘な物か。スワンプマンは必要に応じてある程度形態を変えられる。もちろん完全に分離するのは無理だとデータにある。それでも最小で髪の細さのチューブを通過できるという結果があるから。だからこそ」
マイは急に立ち止まり、とある下水管に手を置いた。
「ナナにはこれからこの下水管を遡(さかのぼ)り、敵の監視塔へと潜入してもらう」
「……それって汚物とお排泄物の中を通って、ってこと?」
「いかにも」
私は咄嗟に逃げようとするも、後ろにいたイチコに捕まってしまう。その小柄な身体に似合わず、イチコの膂力は私が敵うものではなかった。
まるでゴリラのような腕力で私は引きずられ、イチコは私を下水管の前に固定した。
その間にレジスタンスの人たちはポンプを回して一時的に下水を止め、溶断機械を用いて下水管に穴を開け、その小さな穴に私を詰めようとし始めた。
「た、助けてえええええええ! 後生だからああああああ!」
私は命乞いのように叫びを上げるも、マイは優しく処刑を命じた。
「よく聞いて、ナナ。アナタはこれから監視塔に潜入し、敵の動向を探るの。そして相手の魔法症状患者をどうにか足止めして、私たちに何かしらの合図を送って。方法としては敵の無線か通信装置を手に入れて、もしくは大きな陽動を行って欲しいな」
「それって結構行き当たりばったりだよ!?」
「時間を掛ければ他に方法はなくもないけど、今できる方法はこれしかないの。頑張ってね」
「頑張ってって、結局は精神論だよ!」
私はまだヘドロのへばりついている下水管内部に頭を押し付けられて、わたわたと手足をばたつかせた。
「うわっ、汚ねえな」
私は抗議したい気持ちでいっぱいだが、汚いものを入れたくないため口を閉じているしかなかった。
「さあ、身体を変形させて!」
私は仕方なく身体に細くなれ細くなれ、と念じる。そうするとスワンプマンという化け物の私は、下水管を通れるほどの細身の身体となった。
「じゃあ、後でね」
私を入れた下水管は送水ポンプを刺しこんだ状態で溶接され、しばらくすると身体が下水管を逆流していくのを感じた。
心の中で私は、後で絶対に謝罪と賠償を要求してやると思いつつ、汚水の流れに身をゆだねるのであった。
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