みんなで『愛の挨拶』を

狩野すみか

第1話 メール

 日曜の朝、ゆっくり朝食を食べながら、たまった朝日新聞、昨年2020年2月5日(水曜日)の朝刊を読んでいたら、素粒子物理学者の村山ひとしさんが、『時空自在』という連載の中で、「(前略)高校時代、音楽への興味が高じていろんな楽器の音の波形をオシロスコープで見た。楽器の波形をオシロスコープで見ると、バイオリンやギターはノコギリのような波形、フルートはシンプルなサインカーブ、クラリネットは四角い形、と違いが見られて面白かった。」と書いていた。

 では、ピアノは?

 私は趣味でピアノを弾くので、とても気になったけど、オシロスコープなんて持ってないしな……。そもそも、オシロスコープって何?というレベルだ。

 そういう時は、と、スマホで検索しようとしたら、妙なメールが来ていた。

「みんなで、『愛の挨拶』を弾きませんか?」

 きちんとメールの差出人を確認しなければ、また迷惑メールかと思った。

 こないだ、アマゾンを騙ったフィッシングメールに引っかかって、更新したばかりの、クレジットカードを新しくしたばかりなので、同じような事態は避けたかった。

「?」

 ガーシュインの『アイ・ガット・リズム』を、エレクトーンやサックスなど、いろんな楽器で弾くCMは見たことがあるけど、これはそれとも違うようで、1曲を異なる楽器で仕上げるようだった。

 続きを読むと、

「新型コロナ感染症予防のため、リレーは、動画の編集で行います。

参加ご希望の方は、受付までご連絡下さい。」

 とあった。

 『愛の挨拶』なら、レッスンで、アレンジ曲を先生と連弾したことがあるけど。

 ……何で、『愛の挨拶』なんだ?

 この曲は、元は、バイオリンとピアノのために書かれたらしいけど、エルガー自身の手によって様々な編成に編曲されたらしい。エルガーは、ピアノ独奏版、小編成の管弦楽などの幾つかの版を残したらしいけどさ。クラシックオタクじゃない私は、この曲が、1888年、婚約の贈物として、キャロライン・アリス・ロバーツに捧げられたことすら知らなかった。

 今流行りの曲ではなく、著作権が切れたクラシックの有名な曲を選ぶのは、JASRACが怖いからだろうけど……。

 伴奏は、音楽教室の講師がピアノで行うにしても、どんな感じになるんだろう?

 昨年、全国民に、政府から一律10万円の特別定額給付金が支給されたり、新型コロナウィルス感染症予防対策で、リモートワークが促進されたり、時短営業や、休業を要請される店があったりして、おうち時間が増えたせいか、新しく楽器を購入したりして、音楽教室へ入会した人達も多いみたいだけど。

 特に、ギターやウクレレが人気らしいけど、実際、私も、昨年は、現金が配られた直後に、お母さんや妻や恋人と一緒に、楽器店にやって来て、エレキギターを試奏している男性達をよく見かけたし。今年も、音楽教室のロビーや受付で、新規入会の手続きをしている女性や男性を見かけたこともある。

 音楽教室に飾られていたギターは撤去され、電子ピアノの蓋は閉じたままだけど……。

 みんなで楽しく音楽するなら、『アイ・ガット・リズム』の方が良かったんでは?などと考えていたら、母に、

「ダラダラごはん食べてないで、さっさと自室へ行きなさい!」

 と怒られた。

 社会人になっても、両親と同居している私も私かも知れないけど、両親も、「新聞をため込むな!」と叱るわりに、片付けてたら、「台所を占領するな!」と小うるさい。2人とも、猫には弱く、孫のように思っている、まだ1歳の三毛猫、クララ・ミケリーナが食卓の上に高く積まれた新聞山ーーとうちでは呼ばれているーーを気に入って、上るようになってからは、あまりうるさいことは言われなくなったけど。母は、「あなたは、丁寧だから……」と言ってくれるけど、むかしから、私は、人より読むのが遅いんだから、仕方ないじゃない……。

 新聞のことはひとまず置いといて……と、何故か、頭の中で、コントのような動きをしてから、私はメールを再び読んだ。

 どの部分を割り振られるか不安はあったけど、好奇心の方が勝った。私は、教室に連絡していた。

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