梅雨

工事帽

梅雨

 轟々と降る雨の音。その隙間には稲光も見え隠れする。

 スマホを見れば、天気予報は終日雨。そればかりか、大雨の警報までついている。


「梅雨だからね」


 本を開いたままそう言うのは、同級生の白露しらつゆさんだ。

 教室には、僕と白露さんしかいない。

 時刻は夕方。放課後にあった委員会の会議が終わって、少しだけ残っていた生徒たちが帰ろうかというときになって、強い雨が降り出した。小降りになるまで待つと、席で本を開いた彼女にならって、俺は窓から雨を見ていた。


「でもさ、梅雨ってもうちょっと、シトシトと降るイメージない?」


 今朝のニュースでは、今日から梅雨入りだと言っていた。

 そういう意味では、彼女の「梅雨だから」という言葉は間違ってはいない。

 でも、なんというか、こう、イメージってあると思うんだ。


 特に最近は、急な豪雨が多い。『ゲリラ豪雨』なんて言い方をするみたいだ。

 昔からある言葉だと『夕立ゆうだち』なんだろうけど、こっちもしっくりこない。夕立は真夏のイメージがあるからだろう。

 自分の感覚だと、この雨の名前には『スコール』が一番似合う。


「アップデートしたんじゃないかな」

「そんなもんかな」


 最新の雨雲はゲーミングPCみたいに光るのかもしれない。雷も七色に変化するんだろうか。


 見下ろした校庭には誰も居ない。

 当然だろう。いくら運動部だって、こんな豪雨の中で練習なんてしないと思う。

 轟々と降る雨は、校庭にいくつもの即席の川を作っている。川は合流し、分岐し、校庭を縦横に流れては、通学路の下り坂へと殺到していく。


 それに「梅雨入り」というのも、なんだか胡散臭い。

 今年は今日からだとニュースでは言っていたけど、他の年では「何日に梅雨入りしていました」とか後付けでニュースになったり、梅雨入りしたと言った直後から、何日も晴れの日が続いたりする。


 気のせいか、雨音が少しだけ弱くなった気がした。


「まだ帰らないの?」

「もうちょっと」


 白露さんの持つ本の、残りページは僅かだ。読み終わるまでここに居る気なんだろうか。


「雨、小降りになったみたいだよ」

「うん」

「それに、校門も閉まる時間だよ」

「うん」


 終わり間近の物語の邪魔をするほど、僕も無粋ではない。でも、時間がないのも事実なんだ。


「先に帰っていいよ」


 本を見たままの、白露さんの言葉に、僕はさよならすることにした。


「分かった。じゃあね、白露さん」


 雨の音にすっぽりと包まれた学校は静かで、世界には誰も居ないかのようだ。

 ページがめくれる音も、白露さんの息遣いも、雨音にかき消されて、僕のところには届かない。

 ゆっくりと出来上がる細い川は、きっと通学路を下って、家に帰るのだろう。

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