第7話

 違和感が無かったわけじゃ無い。

 僕にだって違和感はあった。

 けれどその違和感の正体は掴めず、心のモヤのように広がっていくだけだ。

 それに気がつく、その時までは。


「僕はこのバーガーセットにします。お二人は?」 

「私はこっちのハニートーストセットにしようかしら。ドリンクはオレンジジュースで」

「私も蓮ちゃんと同じものを」


 メニューを見ながらしばらく頭を悩ませた僕達はそれぞれの注文を決めた。

 遊園地の中にあるレストランなのでさほど安くは無いが、そこまでがっつりと食べないのならそれなりの値段で済む。

 我が家の経済を管理している妹から本日用にと渡された数枚の諭吉さんが心強い。

 

「店員さん呼びますね」


 そう言ってテーブルの隅に置いてある例のあのボタンを押す。

 正式な名前はよくわからないが卓上なんちゃらと言うあれ。


「お待たせしました」


 ピンポーンと音が鳴るとすぐに店員さんがやってきて、オーダーをとってくれる。


「えーと、バーガーセット1つと、ハニートーストセットを2つお願いします。ドランクはコーラが1つとオレンジジュースが2つです」

「ドリンクのサイズはMサイズでよろしいですか?」


 店員さんからの質問に二人の方を見ると、二人とも頷いている。


「はい、3つともMサイズでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言うと店員さんはキッチンの方に歩いて行った。

 僕はテーブルに置かれていたメニュー表を片付けて二人の方を見る。


「注文ありがとう」

「いえいえ、お二人に誘ってもらわないと誰かと遊園地なんてこれませんでしたから」

「楽しんで頂けているならよかったです」


 そう言いつつ六芽さんはスマホを取り出してテーブルの上に置いた。

 それを見て鬼塚さんもスマホを取り出してテーブルに出した。

 

「さて、頼んだものを待つ間に見てもらいたいものがあるの」

 

 そう言って鬼塚さんはスマホを操作して数枚の画像を並べてみせた。


「……」


 その画像を見て僕は眉を顰める。

 一枚目の画像は黒く塗りつぶされた机。

 二枚目は黒いインクをコップ一杯分ほどぶち撒けたかのようなロッカーの中。

 三枚目は折られた数本の筆。

 四枚目は破れた何枚もの和紙。

 

 そんな画像が幾つも並んでいる。


「あの、これはその、なんというか」

「いじめでは無いわよ」


 僕の心中を察したかのように鬼塚さんが釘を刺す。

 並べられた幾つもの写真はまるでいじめの現場の写真のようだと思っていた。


「どうしていじめでは無いと言い切れるんですか?」

「……それは」


 僕の質問に答えにくそうに鬼塚さんは六芽さんを見た。

 六芽さんは数秒瞑目した後ゆっくりと口を開く。


「これは全部私がやった事なんです」

「……どう言う意味で?」


 自作自演。

 今度はそんな言葉が頭に浮かんだ。

 しかし鬼塚さんと六芽さんの表情を見るに事情はもっと複雑なようだ。


「正確には譜巴がやった事になっている、と言うべきね」

「つまり譜巴さん自身は身に覚えがないと」

「はい」


 僕は目を瞑り疑問点をいくつか浮かべる。


「なぜこれらは譜巴さんが犯人だと思われているのですか?」

「……その黒い机の件は先月の朝ごろに発見されたんです。その前日に放課後にたまたま教室前を通りかかったクラスメイトが一人だけ教室に残っている私らしき人影を見たと言い始めまして」

「心当たりは?」

「ありません。その日は蓮ちゃんと二人で放課後はカフェに行ったんです」


 鬼塚さんも六芽さんの言葉に頷いている。

 どうやら本当ようだ。


「二枚目のロッカーは体育の時間の後に見つかったのですが、その時にもたまたま保健室に行った子が廊下に私の姿を見たと」

「それはさっきのとは別の子ですか?」

「はい。その子はクラスも違います。それにその体育の時もクラス合同体育で、私は蓮ちゃんとテニスをしていました」


 また鬼塚さんと一緒に居たのか。

 おかしな事は数ヶ月前から起こっていたと言うし、もしかしたら鬼塚さんなりに六芽さんを気遣っていたのだろうか。


「三枚目も四枚目も同じように私のいない場所で私を見かけている人がいるんです」

「それでだんだん六芽さんが犯人として認知され始めた、と言うわけですか?」

「はい」


 話はわかった。

 確かに六芽さんの置かれている状況はただのいじめではないようだ。

 話の内容は確かにオカルトっぽくて興味を引かれる。


「お待たせしました」


 ちょうどこれからと言うタイミングで僕達が先ほど注文した食事が運ばれてきた。

 ずいぶん早いがバーガーにトーストだ。

 それなりの速度だろう。


「結論を出すことは焦らなくて良いわよ」


 そう言って鬼塚さんはトーストを食べ始めた。


「だって、あれを見れば貴方は信じざるを得ないのだから」


 その言葉に六芽さんは頷き、僕は少し心を躍らせながらハンバーガーを頬張った。


 


 





 



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