第2話声

 これは私が本当に体験した話です。



 その時の私は激務で身も心も疲れ、深夜にようやく帰宅できた所でした。

 食事をする気力もなく、せめて水分だけでも取ろうと冷蔵庫を開けた私。

 その時でした。


「君を呪うね」


 え?……耳を疑いました。

 聞こえてきたのは冷蔵庫の中からです。

 当たり前ですが冷蔵庫の中に人なんかいません。

 一瞬怖くなりましたが、すぐに思い直しました、気のせいだろうと。

 私は冷蔵庫からコーラを取り出しベッドに腰かけました。

 これを飲んだらこのまま寝てしまおう。

 私はペットボトルの蓋を捻りました、プシュッ――


「君を呪うね」


 開けた瞬間ペットボトルの中から聞こえてきた、と思います。

 男性とも女性ともとれる、高く軽やかな声。

 私は固まってしまいました。

 そんな馬鹿な……。


 しかし私はここでも思い直しました。

 相当疲れているんだ私は、と。

 その日はそのまま寝る事にしました。

 着替える気力もなく、ネクタイだけを外したスーツ姿のままです。

 やはり少し怖かったため部屋の電気は点けっぱなしでしたが、疲れていた私はすぐに眠りにおちました。



 翌日、私は気のせいではない事に気付きました。

 確かに声は聞こえるのです、それも頻繁に。

 例えば朝、ポットからお湯を出した時。

 出勤の車でエアコンを付けた時は吹き出し口から。

 仕事中もです。

 プリンターから書類が吐き出された時。

 昼食のパンの袋を開けた時。


 一番辛かったのは電話対応です。

 必ずあの声が入り込むのです。

 午前中は一対応につき一回、声が混ざる程度でした。

 しかし時が経つにつれその頻度は上がり、夕方になると電話中常に声が聴こえるようになっていました。


 私の妄想ではありません。

 声は電話の相手にも微かに聞こえるらしいのです。

 後ろで誰かが何か言ってるけど大丈夫?と、電話相手から心配をされる始末でした。


 私は気が狂いそうになりました。

 しかし激務は容赦なく押し寄せてきます。

 私は神経を削られ続けながら、夜遅くまで仕事をしました。



 深夜、一人暮らしの部屋に帰宅した私はフラフラでした。

 心身ともに限界でしたが神経だけは過敏。

 いつまたあの声が聞こえてくるかとビクビクしていました。


 ベッドに座り頭を抱える私。


 ギシッ……。

 私のすぐ隣に誰かが座った音でした。


「君を呪うね」


 ガリガリに痩せ汚れた長い足、が目に入りました。

 私は恐怖で血の気が失せました。


「君を呪うね」


 尚も声は繰り返します。

 私は怖くて怖くて隣の存在をしっかり確認する事は出来なかった、ごめんなさい。

 しかしうっすら横目に入る姿からも、それが普通の人間ではない事が分かりました。

 顔が丸いのです。

 いや、あれは球体そのものといっていい。

 痩せ細った体に目鼻口が付いた球体が乗っている、そんな感じでした。


「やめてぇ!」


 私は恐怖に耐えられず叫んでしまいました。

 どうか呪わないで、という願いを吐き出しました。

 しかし奴にはそんな気持ちは理解出来なかったのかもしれません。

 軽やかにまたあの言葉を口にしました。


「君を呪うね」


 私は必死に叫びました。


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


 それでも声はやみません。


「君を呪うね」


 私は叫びます。


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


 こんなにお願いしているのに……それでも駄目でした。


「君を呪うね」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


「君を呪うね」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


「君を呪うね」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


「君を呪――」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


「君を――」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


「き――」


「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」


 気付けば私は気を失っていました。




 その後私はいたって普通の日常を送っています、表向きは……。

 私は呪われてしまったのでしょう。

 あれ以来、私の頭の中では常にあの声が鳴り響いています。

 仕事中も休日も、そして夢の中でも……。


 ――やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!


 あの時の私の声色そのままに鳴り響くのです。

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