呪を賜りし私小説
@tori-makefumi
第1話煽り運転
これは私が本当に体験した話です。
その日私は仕事帰りで、ある地方道を車で走っていました。
時刻は夜の九時位だったと記憶しています。
私は後ろに車がいるのに気付きました。
仕事疲れでボーっとしていた私。
後続車を発見するのが遅れてしまい、その車は既に私の車のすぐ後ろにまで迫っておりました。
なんの変哲もない軽自動車。
気になるのはちょっと車間距離が近いかな、という位。
追いつかれた時、私は基本道を譲るのです。
しかしその道はあまり広くなく、適当なスペースもなかった。
そのため待避スペースのある場所、もしくは長めの直線まで我慢してもらおうとそのまま走行を続けました。
後ろを気にしながら走りましたが、なかなか適当な場所がありません。
後続車はイライラしたのか益々、車間を詰めてきます。
これが今流行りの煽り運転か……。
適当な場所ではないがさっさと譲ってしまった方がいいとも考えましたが、ちょうど見通しが悪く狭い道に差しかかってしまいそれも叶いませんでした。
そこから一分も経っていなかったと思います。
私はかなり焦っていました。
後続車は既にスレスレにまで近付いてきていました。
車を停めようにも車間が近すぎて停める事も出来ない。
かなり悪質な運転でした。
いつ接触してもおかしくない距離。
ここである違和感を感じたのです。
この後続車との距離感……既に接触しているのでは、と。
確信は持てませんでした。
しかし少なくとも接触寸前なのは間違いなかった。
その時でした。
もうギリギリの距離のはず……それなのに後続車は更に距離を詰めてきたのです。
衝突音も衝撃もありませんでした。
只スーッと重なるように、後続車が私の車にめり込んできたのです。
ちょうどそのタイミングで広い直線道に出ました。
しかし私はあまりの事に呆然とするばかりで道を譲るなどという事は頭から飛んでいました。
後続車は更に距離を詰めてきました。
いやこの場合は重なりかけてきた……というのが正しいのでしょうか。
私の車にはついに後続車の運転席までもが、めり込んで来ていました。
運転しているのはお婆さん、助手席にはお爺さんが座っていました。
顔の年齢は共に八十位に見えます。
しかし髪だけは黒々として艶を放つ、綺麗なロングヘアー。
そして二人は衣服を身に付けていませんでした。
混乱する私を馬鹿にするかのように二人は下品に笑いました。
それはもう大声でゲラゲラと。
逃げなければいけない、恐怖に襲われた私は目一杯アクセルを踏みました。
しかし一向に後続車を引き離せない。
それどころか後続車は更に私の車に重なりかけてきました。
もうお婆さんの座る運転席は私のすぐ後ろまで迫っていました。
アッハア!アッハア!アッハア!アッハア!
お婆さんの笑い声です。
私の顔を覗き込める距離まできていました。
お婆さんの息が首筋にかかります。
後二十センチ……十センチ……五センチ。
私の体とお婆さんの体がついに重なってしまいました。
恐る恐る自分の体を確認すると、肩から下がる黒い髪、垂れ下がった乳房が見えました。
私の体に重なるお婆さんのものです。
まるで自分の髪、乳房のように感じました。
そう考えると気持ち悪くなり、吐き気が込み上げてきました。
脂汗をかきました。
ハンドルを持つ手が震えました。
アッハア!アッハア!アッハア!アッハア!
そんな私をお婆さんが嘲笑います。
その声は私の頭の中に直接響きました。
ヒャー!ヒャー!ヒャー!ヒャー!
お爺さんもご機嫌でした。
汗でびしょ濡れ、真っ青、ブルブル震える私の顔を下から覗き込み、煽るように笑うのです。
二人の老人は私の鼓膜が破れる程に笑いました。
特に頭に響くお婆さんの声。
まるで私自身の笑い声のように錯覚してしまうのです。
そんな筈はないと分かっているのですが、恐怖し混乱し脂汗をかく程に私の頭は麻痺していきました。
アッハア!アッハア!アッハア!アッハア!
気付けば私は笑っていました。
何故笑っていたのか今でもわかりません。
しかしあの時の私は確かに自分の意思で笑っていた。
怖い筈、逃げ出したい筈、面白い事なんて何もないのに……
自分の意思であって自分の意思でない、違う誰かになってしまったようなそんな感覚でした。
アクセルをベタ踏みした私はそのままフラッとガードレールの切れ目、崖に向けてハンドルを切りました。
ここで我に返りました。
どうしてなんでしょう。
わかりません。
私は急ブレーキを踏み、車は崖に落ちる寸前で止まりました。
お婆さんの運転するハスラーは見事なハンドリングで崖を回避すると、そのまま猛スピードで走り去っていきました。
ハンドルに突っ伏した私はしばらく恐怖で動けませんでした。
とにかく落ち着こう、私は未だ震える手でギアをパーキングに入れました。
その時目に入ったのです。
助手席にまだお爺さんが座っている。
置いていかれたお爺さんは不安げに私を見つめていました。
私は恐怖で叫び声を上げてしまいました。
その声に驚きお爺さんも叫びました。
私もまたお爺さんの声に驚き叫びました。
お爺さんもまた私の声に驚き――
このラリーは一分程続いたでしょうか。
叫び疲れた私達はお互いに黙りこくりました。
暫しの沈黙の後、カチャリッとシートベルトを外しお爺さんは車から降りました。
私が睨むと悲しそうな顔でペコリと頭を下げ、ハスラーが去った方向にトコトコと走っていきました。
それ以来、私はその地方道を通っていません。
以上が私が体験した全てになります。
とても怖かったです。
私はこの出来事をきっかけに呪われてしまったのかもしれません。
最近元気が出ませんし、食欲も落ちました。
今日は咳が出そうでした。
因みにこの話を読んだ人、別に呪われる事はないそうです。
良かったですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます