「ありがとう」のかわりに

ささたけ はじめ

はじめに 私と父の関係

 ここ数年で、恒例となった行為がある。

 私が父のためにウィスキーを購入し、それを振舞うというものだ。


「最近は、やっとまともにジャパニーズウィスキーが買えるようになってきたよ。マッサンとハイボールブームにも困ったもんだ。まして転売もあるし――」


 とっておきのウィスキーを、とっておきのグラスに注ぐ。

 ジョニ赤をありがたがる時代を生きた父にとって、このジャパニーズウィスキー「余市」は上等以上の価値があるだろう。

 十年近く前には三千円程度で買えたこのウィスキーは、いまや立派にプレミアムがつくようになり、現在は購入しようと思ったら倍以上の値段が必要となる。

 そんな余市を惜しげもなく父のグラスに注ぎ終えると、次は自分のグラスへと注いだ。


「ちょっとくらいは分けてくれよ。俺だって、いいウィスキーこういうのの味がわかるようになったんだからさ」


 そんな言い訳はするものの――しかし自分の分は舐める程度しか注がない。

 その慎ましさに、我ながら孝行息子だなと思う。

 二人分のウィスキーがそろったところで、音頭を取る。


「そんじゃ、――っと、忘れてた」


 目の前の仏壇には、先ほどのウィスキーが入ったグラスを供えてある。

 失念していた線香に火をつけ、鐘を鳴らすと手を合わせてから言った。


「父の日、おめでとう」


 仏壇の中で微笑む父の遺影は、いつもより嬉しそうに見えた。

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