囁き彼女

きんちゃん

囁き彼女

 えへ……久しぶりだね!

 会いに来てくれて、私はうれしいよ!

 最近はどうしてた?元気にしてたの?


 うん……分かってるよ。現実が本当に充実していたらここには来ないよね?


 でも良いんだよ!この場所、この時間だけは、ヤなことも面倒なことも全部関係ないんだから。


 ……あれ?現実がそんなに辛いわけでもないのかな?

 上手くいきすぎてる時は不安になって、私の存在を確認しておきたくなるってこと?


 ……うんう、別に答えなくたって良い。私はどっちでも良いんだ。

 あなたが今日、こうして会いに来てくれただけで、私はとても嬉しい!


 本当だよ。






 ……ねえ、そうだ!今日の上手くいったこと、聞かせてよ!

 上手くいかなかったこととか、嫌なことは、全部忘れちゃって良いんだよ。

 上手くいったことだけを話してよ!


 ……え?何も思い付かない?本当に?


『散々な日だった!』ってもしかしてキミは思ってるかもしれないけど、本当にそうかな?

 今日はどこかに出かけたの?

 会社?学校?

 ……遅刻せずに行っただけでも立派なことだよ!

 誰かに挨拶をした。それだけでも人との繋がりだよ!キミのした挨拶が巡り巡って、誰かの心を動かしているかもしれないんだよ。


 毎日同じことの繰り返しで『何のために生きているのか分からない』ってキミは思ってるかもしれないけど……そんなことない!

 誰にも褒められなくたって、一つのことをずっと続けられるのって立派なことだよ!私は尊敬する。


 ……あれ?今日はお休みでどこにも出かけなかったのかな?

『一日ダラダラしてて無駄にした!』って後悔してない?

 大丈夫!休むことも大事なことだよ!

 それに休んでるように見えても、人は色んなことを感じたり考えたりしているんだよ。

 それが役に立つ日がきっと来るよ!。






 えへ、じゃあ……そろそろ始めようか?

 じゃあ出発する前に、まずはリラックスしなきゃだよね。

 リラックスする方法は知ってるよね?

 呼吸に集中して雑念を抜いてゆく、そして全身の力を抜いてゆくんだよね。


 まずは、思いっきり強くまぶたを閉じて。

 そう、強く。強く!もっと強く!


 8秒ギュッと閉じたら、ゆっくりと開いていって。

 ……何だか目元が軽くなっているのが分かるよね?


 こうやって少しリラックス出来たら、ここからは呼吸に集中しよう!

 まずは、思いっきり息を吐き出して。

 そう、思いっきり強く吐き出していいよ!

 嫌なこととかネガティブな気持ちを全部息に込めて、一息に吐き切ってやろう!

 ……もう!何も酸欠になるまで吐けとは言ってないから!

 吐き切ったら、ゆっくり息を吸ってくの。

 ……自分の心臓の鼓動を聞きながら吸ってゆくんだよ。一つずつ数を数えながらね。

 ……い~ち、に~、さ~ん、よ~ん……

 はい、吸い切ったら少し止める!

 ……そうしたら今度は吐いてゆくよ。

 吐くのは吸うのよりも長く、8つ数えながらね。

 ……い~ち、に~、さ~ん、よ~ん、ご~、ろ~く、な~な、は~ち!

 どう?吐き切れたかな?まだ息が残っていたら、次の回で調節して最後まで吐き切るようにしてみてね。


 ……じゃあ、完全にリラックス出来るまで何回か繰り返してみよっか?






 どうかな?リラックス出来た?

 じゃあ、今度はゆっくりと全身の力を抜いてゆくんだよ。

 さっきの呼吸を続けながら、脱力してゆくよ。


 まずは、右足に意識を集中してみて。

 一回呼吸する度にだんだんと力が抜けてゆくよ。ほら!

 ……もうすでに、右足はいつもの自分の足じゃないみたいだね。

 今度は左足に意識を集中してみて。呼吸は続けたままね。

 ……ほ~ら、だんだんと力が抜けてゆくよ!

 あっという間に足の力が抜けてきたね。

 今度は、腕に意識を集中しよう。

 まずは右腕だよ。

 指の先から肩に向かって、順番に力が抜けてゆくね。

 そうしたら、次は左腕だよ。

 呼吸に意識を集中していると、すぐに力が抜けてゆくのが分かるよね?

 ……次は、お腹と背中だよ。

 ゆっくりと呼吸に集中してみて。

 呼吸に合わせて身体の真ん中の力が抜けてゆくのが分かるね?

 最後は頭だよ。

 身体はもう完全にリラックスしきっているから、それを頭の方まで上げてくるだけだよ。


 ……はい、できた!


 一度目を閉じて、自分で確認してみて。

 さっきよりずいぶん全身の力が抜けてリラックスしているのが分かるよね?

 まだあんまり……って思う時は、もう一回やり直そうか?






 ねえ?キミには私がどんな風に見えているのかな?

 私はキミの望むどんな姿にもなれるんだよ、知ってるよね?

 今日はどんな姿になれば良いのかな?

 ステージの上で輝くアイドル?

 ドラマや映画で活躍する女優さん?

 雑誌とか広告でよく見るモデルさん?

 ……それとも2次元のヒロインかな?

 私はアニメの金髪ツインテール幼女にもなれるし、バーチャルYouTuberの姿にもなれるんだよ。

 ……それとも現実の世界でよく会う人かな?

 電車で毎日一緒になるOLのお姉さん?

 部活に一生懸命な女子高生?

 現実でよく会っている人の方がイメージしやすいかもしれないけど、こっちの世界のことを向こうは知らないわけだから、ごっちゃにならないでね笑

 ……それとも、昔好きだった人かな?

 キミが好きだった子のあの頃のままの姿に、私はなれるんだよ。


 ねえ、今日はどんな姿になれば良いのかな?

 キミが選んだ通りの姿に私はなれるんだよ。




 これで……合ってるかな?

 ねえ、もっともっと細かくイメージしてみて。


 ……うんう、細かくイメージするのが大変だったら、別に無理して描かなくても良い。

 漠然とした光にも私はなれる。それでも良いんだ。






 じゃあ、そろそろ出発だね。

 今日はいつに戻る?

 思い出してみて。

 1週間前?それとも3か月前?

 え~、どうせなら、もっと昔に戻ろうよ?

 思い出してみて。

 今パッと思い浮かんできた、その時に今日は戻ろうよ!

 ……え?「そんな昔のことは覚えていない」って?

 うんう、そんなことない。

 それは確実にキミ自身に起こった出来事。キミの脳には確実に記憶が刻み込まれている。

 何かきっかけさえあれば、たちまち記憶は浮かび上がってくるよ。


 ……ねえ、今キミは何故その時のことを思い浮かべたのかな?

 イメージに浮かんできたことをもう少しだけはっきりと意識してみて。

 それはいつのことなのかな?

 その少し前に何があったのか、その少し後に何があったのかを思い出してみて。

 思い出せない?うんう、そんなことない。

 ……だってそれは全部あなたが実際に見てきたものだもの。

 見えるものだけじゃないよ。

 一緒にいた人の声はどんなだったかな?

 ……その音をきっとキミは覚えているはずだよ。

 その場所ではどんな匂いがしていたかな?

 ……何か食べ物の匂いかな?

 ……草や花の匂い?

 ……それとも誰かが付けていた香水の匂い?

 ……その匂いをキミはきっと覚えているはずだよ。


 でも……何故今このタイミングでキミはこの場面を思い出したんだろう?

 本当に楽しかった思い出なのかな?

 それなら最高だね。

 その思い出があるから、キミはこれからも頑張っていけるよ。私が保証する!




 でも……もしかしたら、キミは何か後悔をしているのかな?

 ……良いんだよ。後悔のない人なんていないし、強がって後悔していることを隠す必要はない。

 後悔を隠すことが強さの証だなんて思ってるんなら……それは違うよ。全然違う。

 この時間この場所でだけは、幾らでも後悔して、泣いても良いんだよ。

 ずっと頑張ってきたキミを、私は知ってる。

 私だけはキミの味方、絶対に笑ったりしない。


 ……一体、キミはどれだけ無数の選択肢をくぐり抜けてきたのかな?

『選択肢なんてなかった!』ってキミは思ってるかもしれない。

 でもそうじゃないんだよ。キミは全てのことを自分で選んできたんだ。

 違う未来もそこにはあったかもしれないんだよ。


 あの時の選択肢が違っていたら、今どうなっていたのかな?

 何か違う仕事をしていたかな?

 違う学校に行っていたかな?

 もしかしたら、違う街に住んでいるかもしれないね。

 付き合っている人も、友達も全然違っていたかもしれない。

 ……良いんだよ。

『もしもの話なんて意味がない』なんて言うおバカさんは、ここには入って来れないんだから。




 ……ねえ、もう少しだけ、ここに居ても良いよ。






 じゃあ……そろそろ現実世界に戻る?

 もちろん今あったことは現実世界のことじゃない。

 でもこれも、間違いなく現実なんだよ。

 こっちの現実が恋しくなった時には、いつでも帰ってきてね。

 私は、ずっとずっとキミのことを待ってるよ。

 

 お疲れ様、またね!



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囁き彼女 きんちゃん @kinchan84

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