1-14 月読様、来襲
次の日―
朝起きて朝食を作ろうとすると、引っ越しをしたばかりの冷蔵庫には余分な食材は無く、あるのは保存食を兼ねた栄養バランス食品だけだったので、それを寝ぼけ眼のパティに出す。
すると、パティは一箱4本入りをあっという間に完食して、
「トモヤ~ コレダケダト タリナイヨ~」
と、不平を言ってくる。
「すまないな。今家には食べ物は、コレしか無いんだ」
「デハ トモヤ ノ ブン パティ ニ チョウダイ!」
「俺は昨日『子供はそんな事を気にせずに、大人に甘えていれば良いんだ』とは言ったが、それは我儘を言っていいということではない」
「ウ~~」
俺にそう言われたパティは、「ぐぅ~」とお腹を鳴らしながら残念そうな表情をしているため、俺はいたたまれなくなって自分の分を譲る。
「トモヤ! アリガトウ~! パティ トモヤ ダイスキダヨ~!」
パティは嬉しそうに、俺の分まであっという間にたいらげる。
「俺はこれから食べ物の買い物に行ってくるから、大人しく留守番をしていてくれ。あと、それとムシカにちゃんとご飯をあげるんだぞ」
「ワカッタヨー!」
「それと、誰か訪ねて来ても対応しないように。パティがここにいることを知られたら、怖い人達が君を強制連行する事になるから」
「パティ マダ カエリタクナイ! オトナシク テレビ ミテルヨ!」
パティは元気よくそのように宣言すると、テレビの前に陣取って番組を見始める。
俺は近くのスーパーに買い物に出かけて、食料を購入して帰宅するとマンションの前に、黒塗りの高級車が停まっている。
俺は直感的に嫌な予感がして、車の横を通る時に気付かれないように目の端で運転席を見ると黒服を着用した隙の少ない女性が座っており、おそらく戦闘訓練を受けた人物であることが解る。
(SPか? それともどこかの組織の人間か? まさか、目的はパティか!?)
出入国在留管理局の人間が、パティを確保しに来たのかもと考えた俺は焦る気持ちを抑えて、あくまで一般人を装いながら、車の横をそのまま通りマンションの中に入る。
そして、エレベーターではなく階段を使い自室のある二階に向かい到着すると、壁から頭を出して自室のある廊下を覗き込む。
すると、自室の扉の前に表にいた運転手と同じ黒服を着用して、腰には刀を差した女性が立っており、俺は彼女に気づかれる前に直ぐに顔を引っ込める、所謂クイックピークをおこなう。
(ヤバイな… あの人は表の女性とは比べ物にならないぐらい強いぞ…)
自室の前でいる女性は一瞬見ただけで、全く隙が無く只者ではないことが解るぐらい強い人物であり、今の俺では勝てるかどうか正直解らない。
(閃光手榴弾を使えば、一瞬とはいえ隙を作ることが出来るはず。そこを突けば― )
俺が作戦プランを思案していると、いきなり白刃が目の前に迫ってくる!
「!!?」
だが、俺は咄嗟にほぼ条件反射で、下にしゃがんで回避する。
しかし、その白刃はすぐさま俺の目の前に振り下ろされ、今度こそ絶体絶命に陥る。
「あら!? 怪しい者かと思えば… 君は八尺瓊智也君ね?」
相手の攻撃が止まったので、心に余裕のできた俺は目線を上げると、そこには先程まで俺の部屋の前で立っていた女性が、刀を俺に向けたまま見下ろしていた。
すると、右手に持った刀で俺を牽制しながら、左手を上着の内ポケットに入れ、一枚の写真を取り出して、俺と見比べると再び俺に話しかけてくる。
「う~ん。やっぱり、君が八尺瓊智也君のようね」
彼女は攻撃してきた事を謝罪すると、写真を内ポケットになおしてから刀を鞘に収め、しゃがみこんでいる俺に手を差し出してくる。
俺は差し出された彼女の手を握り立ち上がる。
(硬い手だな。尭姫のようにマメが硬くなるまで剣を振ってきた人間の手だ)
「怪しい気配を感じたので、つい攻撃をしてしまったわ。本当にごめんなさい。私の名は草薙天音(くさなぎあまね)、月読宮様の護衛を仰せつかっている者よ」
俺はその名前をどこかで聞いたと思って、記憶を辿るとしたがとても有名人であったので直ぐに思い出す。
「草薙天音さんといえば、月読宮様の護衛で十二神将にも選ばれている凄腕の剣士!?」
驚く俺に天音は、突然説明口調でこのような事を言ってくる。
「ちなみに尭姫の剣の先生でもあります!」
「そうなんですか。自然な説明、ありがとうございます!」
俺はそう答えることしかできずに、そう返すと天音さんは
「君が来たら、部屋に入れるように月読宮様から命を受けているわ。では、部屋に行きましょう」
そう言って、俺の部屋に向かって歩き出す。
草薙天音さんは20代前半の凛とした女性で、綺麗な長い黒髪をうなじの辺りでポニーテールにしており、黒いパンツスーツを着用したカッコいい女性である。
「尭姫が戦闘中ポニーテールなのも、天音さんの真似をしているんですかね?」
「そうなの? あの子ったら、私の前ではそんな感じは見せないけど?」
「尭姫はツンデレですから」
「尭姫はツンデレなのね」
天音さんは、隙のない達人ではあるが性格は少しおっとりしている。そのため、そのギャップのせいで会話していると何か違和感を覚えてしまう。
自室のドアの前まで来ると、天音さんはノックして中に話しかける。
「月読宮様、智也君が帰って参りました」
すると、部屋の中から聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
「入って貰いなさい」
「かしこまりました」
天音は中にいる人物に、そう答えると
「では、智也君。中に入ってください。私はここで警戒を続けますから」
俺に入室するように促してくる。
自分の部屋のドアノブを緊張しながら、開けようとすると天音さんが不意に声を掛けてくる。
「そうだ、智也君。<ツンデレ>って、どういう意味かしら?」
「今更ですか!? 自分でググってください!」
俺は緊張している中に、そのような間の抜けた質問をされたために、年上相手にそのような少し無礼な返事をしてしまった。
「グ… ググる???」
「それでは、失礼します」
新たな解らない単語に困惑する天音さんに、俺は一礼してから、
「おじゃまします」
自分の部屋に入るのに、どうして断りをいれないといけないのかと思いながら、購入してきた食料片手にドアを開ける。
すると、玄関には女性の靴がきちんと並べられて置かれおり、俺はその横に自分の靴を脱いで置くと恐る恐るリビングに進む。
テレビの前に設置している食卓机の前に月読宮様が、座布団に正座して俺の帰りを待っていた。
「智也、お久しぶりですね。アナタとは2年前に<銃器科>の視察で会ったきりですね」
「はい、ご無沙汰しています」
月読宮様は、初めて会った6年前から変わらず美しい。
むしろ、何の変化もないぐらいに…
「お茶でもいれましょうか? 緑茶パックしかありませんけど…」
「はい、お願いします」
俺は緊張しながら、キッチンに向かうと急須に緑茶パックを入れて、給湯ポットからお湯を注ぐと湯呑を2つ持って、
(お盆を買っておくべきだったな…)
そう思いながら、リビングに戻る。
そして、急須から湯呑にお茶を注ぐと、月読宮様の前にお茶を差し出す。
「どうぞ…」
「ありがとうございます」
「フフフ」
月読宮様が、俺が差し出したお茶を一目見て笑みを浮かべたので、
「何か可笑しいですか? それとも、何か粗相をしましたか?」
こう尋ねると、月読宮様は優しい表情で答えてくれた。
「いえ、あの幼かった子がお茶をいれて出すという、<気遣いができる年齢>にまで成長したのだと考えると感慨深いと思いまして。それと…」
そこからの月読宮様は、表情は笑顔のままだが声には明らかに圧を込めて話しかけてくる。
「一人暮らしの部屋に、女の子を連れ込むようになったのだと思ったものだから…
ね?」
俺はそう言いながら押し入れを一瞥する月読宮様に気付いて、そちらを見ると押し入れの襖の隙間から怯えた子猫のような目で、こちらの様子を窺うパティの目が見える。
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