1-10 二人の過去




 尭姫と友達になってから、俺達は集まりの度に二人で会って話し合うようになり、1年後にはそれ以外でも普通に会うようになっていた。


 話し合うことは、お互いの境遇や周囲の者に対しての不満や愚痴を語り合うという、まさしく尭姫が初対面の時に言った<傷の舐め合い>であった。


 だが、普段言えば心配させるために親にも言えない内容であるため、心の中に溜めることしか出来なかったことを口に出して、それを相手が同意しながら聞いてくれるために、お互い精神的に楽になれた。


 そして、いつからか俺達はお互い名前で、呼び合うぐらい仲が良くなっていた。


 そんなある日、元から体が弱かった尭姫の母親が、尭姫の件による親族からの誹謗中傷の心労からか、若くして亡くなってしまう。


 尭姫は現実が受け止められずに葬儀の間は放心状態であったが、それが終わると母親の死因は自分のせいだと自暴自棄気味になってしまう。


 俺は必死に「そんなことはない!」と言い聞かせるが、子供の言葉では尭姫を説得することが出来ず、彼女は部屋で鬱ぎ込んでしまう。


 尭姫が部屋に籠もって3日後に誰かが訪ねてきて、彼女はその人に説得され部屋を出たということを両親が話しているのを聞いて俺は安堵する。


 そして、その次の日に俺とも話がしたいと、尭姫を説得した人が家までやってきた。


 その人物を知る両親は、その突然の来訪にかなり驚き狼狽しており、子供心でも何か大変な事が起きているとわかった。


 正装に着替え客間に向かうと上座にその人物が座っており、俺の姿を見ると自己紹介してくる。



「はじめまして、私は月読宮月夜(つくよみのみやつくよ)です。アナタが智也君ですね?」


 そこにいたのは<月読宮月夜>殿下で、現在の帝<天照陽日(あまてらすはるひ)>殿下の妹君であり、本来なら護皇三家とはいえこの家に来るような方ではない。


 月読宮月夜様は、長い黒髪を後ろで束ね巫女服と陰陽師の服を合体させて、2で割ったような服装で、首から勾玉を掛けており何より知的な美人である。


「はっ… はじめまして、八尺瓊智也で… です… 11才です!」


 そんな綺麗で偉い人に面会した11才の俺は、緊張のあまりしどろもどろな自己紹介をしてしまう。


 すると、聞き慣れた少女の声で、辛辣な言葉が聞こえてくる。


「智也… アンタって、緊張すると直ぐに言葉に詰まるわね…」


 今まで極度の緊張で、視界が狭くなっていて知覚していなかったが、月読宮様の隣に正装に身を包んだ尭姫が座っており、ツンツン目で俺を見ながらそう話しかけてくる。


「尭姫、あまりそのようなことを言ってはいけません。誰もがアナタのように、物怖じしない強い心を持っているわけではありません」


 月読宮様がそう諭すと、


「すみませんでした…」


 尭姫は素直に謝ったが、あまり納得していないという表情であった。


「まあ、お座りなさい」


 月読宮様は俺を対面に座るように促すと、俺は緊張で固くなった体をぎこちなく動かして机を挟んで敷かれた座布団に座る。


 俺が対面に座わるのを待ってから、月読宮様は今回尭姫を伴って、訪問してきた理由を話し始める。


「そうですね… まずは、尭姫は私が預かることになりました」

「月読宮様が、尭姫ちゃんを!?」


 驚いた俺は失礼にも、思わず月読宮様の言葉を遮ってしまうが、月読宮様は子供であるからか特に何も言われることなく説明を続ける。


「はい。その理由は、彼女の父親が私の知り合いで、その縁から私が預かることになったのです」


 親戚の厳しい風当たりから、守ってくれる母親が居なくなってしまい、居場所が無くなってしまった尭姫を慮っての月読宮様の配慮であった。


「そこで、昨日この子と色々話をするうちに、アナタの事を聞きました」


(余計な事は、言ってないよね?!)


 俺はそう思いながら、尭姫を見ると彼女は目が合った瞬間、すぐに気まずそうにツンツン目を逸した。


(えっ!? それどういう意味!? 尭姫ちゃん、どういう意味!?)


 俺は心の中で、尭姫に必死に訴えかけるがもちろん通じるわけもなく、彼女は目を逸したままでいる。


「智也くんは、霊力が低いそうですね?」


 月読宮様は聞きにくそうに尋ねてくると、俺は「はい…」とうなだれるように返事をする。


「でも、退魔師を目指しているそうですね?」

「はい… 無謀とは思っていますが…」


「実は私は、君のような霊力が低い者でも、退魔師になれるように退魔官組織を改革しています。その手始めに欧米のように重火器を採用して、霊力の少ない者でも大勢で戦うことによって、戦果を挙げる組織体系を構築しようとしています」


 月読宮様は、今までの会話で喉が渇いたのか机の上に置いてあるお茶を一口飲んで、喉を潤すと説明を続ける。


「現在の日本皇国では、一部の霊力の高い優秀な者を退魔師退魔官として、魔物討伐を任せていますが、それでは退魔師の人数は限られ来たる『大厄災』での魔王軍との戦いで戦う者の数が足りません。そこで、私は来年から<退魔師養成学校>に、まずは<銃器科>を創設するつもりです」


 <退魔師養成学校>は、その名の通り魔物と戦う退魔師を養成する学校であるが、入学の試験で霊力測定があり、少なくとも俺は合格できない。


「それに伴い<銃器科>に限って、入学試験での霊力測定の合格ラインを、大幅に引き下げるつもりです」


 その月読宮様の言葉に、暗く閉ざされていた俺の視界に灯りが照らされた気がした。

 今まで月読宮様の隣で、大人しく話を聞いていた尭姫が、俺に嬉しそうに話しかけてくる。


「つまり、<銃器科>なら、智也でも合格できるってことよ! 智也が以前から言っていた『努力して優秀な退魔師になって、自分達を見下すヤツ等をいつか見返そう』っていう目標が叶えられるのよ!」


「僕が… 退魔師に… 」

「私も入学して退魔師になるから、一緒に目標を達成させて見返してやりましょう!」


 尭姫に背中を押された俺は意を決する。


「そうだね! 僕は退魔師になって、蔑んできた人達を(特に祖父)を見返すよ!」


 こうして俺は、突如目の前に示された退魔師の道に進むことになった。


 退魔師になることを反対していた両親や祖父は、月読宮様に説得され退魔師養成学校への入学を許可してくれ、俺は入試をパスして退魔師養成学校へ入学する。


 そこで晴明を始めとした同級生と出会い、たくさんの級友と戦友を得ることになる。


「よく来たな、この虫けら共! 私がお前ら殻から嘴だけ出して、ピヨピヨ煩いだけの卵野郎共を一人前に鍛え上げる葉後(はあと)<訓練教官>である! 貴様ら○豚が俺の訓練に生き残れた時、ようやくヒヨコになることが出来る! その日までは、貴様らには価値は― (以下略)」


 そして、俺達<銃器科>は鬼軍曹みたいな厳しい<訓練教官>にしごかれ、卒業後に退魔官試験に合格して今に至る。


「忘れてないよ… 葉後訓練教官は厳しかったな~」

「何の話をしているのよ!? 私との約束を思い出していたんじゃないの!?」


 俺が学生時代を思い出してそう発言すると、尭姫はツンツンキャラ全開で突っ込んでくる。


 自分との約束を忘れられたと思った尭姫の表情は、ツリ目プラス眉もつり上がっているので、俺は正直少し怖くなったので宥めることにした。


「もっ、もちろん覚えているよ。一緒に俺達を蔑んできた者達を見返そう! あと、尭姫は怒っているより、笑顔の方がカワイイよ」


「はっ… はあっ!? なっ、何を急にそんな見え透いたご機嫌取るような事を言っているのよ。べっ、別に嬉しくともなんともないんだからね!」


 尭姫は顔を赤くしながら、両腕を組んでそっぽを向くという解り易いツンデレポーズを取る。



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