第13話 ピアノ教師

その頃の私は音楽に対して貪欲だった。ロックやギターに限らず、いい音楽との出会いを求め、あらゆる音楽のテレビ番組を録画して見ていた。その時期、東京にいた兄からの情報は心を揺さぶるものが多かった。それは私の聞いたことないバンドだけでなく、クラシックにも及んだ。


無性にピアノが弾きたくなった。ピアノの音に惹かれた。ショパンの別れの曲、革命、幻想即興曲。ベートーベンの月光。その1曲が壮大なドラマ。Aメロ、Bメロ、サビ、繰り返し。そんなパターンの決まったロックとは違う。曲の始まりから最後までどう展開するかわからない。その曲に何を足しても引いてもいけない。クラシックは時間の流れを含んだ完成された芸術作品なのだ。だから指揮者、演奏家は作曲者の魂の入ったオリジナルを、その究極を再現するために想像力を働かせ、技術を磨く。



兄が中学の同窓会で東京から帰省した時のこと。

兄の同級生の女性が私の家の近くでピアノの先生をしていて、私がピアノを習いたいことを兄はその女性に伝えていた。


音楽に対するあまりの熱心さに母は私がピアノを習うことを許してくれた。

教室に行くと兄から話を聞いたその女性は待ってくれてた。ポニーテールに大きな瞳。6つ年上の兄と同じ歳に見えない幼さ、可愛さ。しかしテキパキとした対応はやはり大人の女性だった。「何か弾きたい曲はある?」私は作曲がしたいこととジョージウィンストンの憧れ愛が弾けるようになりたいと言った。


練習初日、先生は憧れ愛の譜面を準備して教室で待っていた。アップライトのピアノが置いてある狭いが二人には丁度いい空間。重い扉を閉めれば、ピアノに向かい合う17才の高校生と23才の女性との二人きりの空間。薄手のブラウスが大人の女性を意識させた。そんな感情を求めて来てるわけではないし、当然何の期待も持ってはいけない。私はピアノに集中した。先生は譜面を鍵盤を走る指に変えて私に憧れ愛を教えていく。音楽に貪欲な17才はすぐに吸収し、1小節づつ自分のものにしていった。

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