マイナー過ぎる神様と危険な信者たち

綱渡きな粉

第1話 落っこちて(まだ落ちない)

 清濁併せ呑む世界テッラを創造した数多の神々は細部まで作り込むのではなく、極めて大雑把に設定し、あとは世界の進歩も後退もテッラに住まう者たちに任せようと決め、天界へ姿を隠したという神話がある。






 神話というものは得てして神ではなく人が作り出した御伽噺だと評されるが、テッラにおいてそれは正しくない。テッラでは世界中の人々が——どの神を信仰するかという違いはあれ——神の存在を強く信じており、日々祈りを捧げ、信心深い生活を送っている。


 ——百八。


 この数字こそテッラを創造するにあたって尽力した神々の総数である。神の数だけ信仰があるテッラでは、小さな町に複数の教会が建っているのも決して珍しい光景ではない。……中にはマイナー過ぎるが故に信者が五十人を下回る神もいるが。


 天界の共有スペースで惰眠を貪るハピルスもまた、信者数で言えば百八柱の中でも下から数えた方が早いマイナーな神である。


 神か神に近しい者のみが持つ神の力を蓄えることで光り輝く白髪は美しく、水のように無抵抗のまま流れ、地に広がっている。肢体は爪の先に至るまで人外の美の様相を呈しており、人ならざる者が見せる美の極地と言ったところだろうか。要は五体を投げ出して寝ているだけなのだが、信者にとってはそんな姿ですら神々しいだろう。


「ハピルスったら、またこんなところで昼寝してるのね。寝るなら自室に帰りなさいっていつも言ってるでしょ」


 熟睡するハピルスの肩を優しく揺するのは掟を司る神キテオだ。彼女はハピルスと似たような立ち位置にいる女神で、掟を司ることから国の上層部に信仰されがちで、一般市民に祈りを捧げられることはまずない。したがってハピルス同様、信者の数が少なく、その縁でハピルスと知り合い、仲良くなったところもあるが、何よりハピルスが神として自堕落過ぎるところを放って置けなくて付き合っているところが大きい。


「ほら、ハピルスってば。早く起きなさいって」


「……無理ぃ。あと五億年くらい寝かせてぇ……」


「さすがに五億年も寝たら信者が一人もいなくなっちゃうわよ⁉︎」


「……それはちょっと困る、かなぁ……」


 もそりと気怠げに上体を起こしたハピルスは一つ大きなあくびをしてキテオの顔を見た。


「わたしの顔に何かついてる?」


「目とか鼻とか口が付いてるよ?」


「そりゃ当然よ! それが付いてなかったりするのは邪神派閥の連中くらいだわ!」


 キテオが喚く傍らでハピルスは立ち上がって伸びをする。ちなみに、邪神派閥とはキテオやハピルスのような比較的善寄りの神々とは反対に、邪寄りの神々が属する派閥である。邪神派閥と名乗りを挙げているが、退屈を嫌い娯楽に飢えている神々が面白半分で作った派閥なので、邪寄りであるものの度が過ぎた悪行を行わなかったりする。しかし如何せん邪神らしくと己の身体を異形にカスタマイズした神々の外見は、彼らが予想していた以上に毛嫌いされてしまっているわけだ。


「ところで、これから女神のお友達と集まってお茶会をするんだけどハピルスも来る?」


 キテオがようやく意識が覚醒したように見えるハピルスに訊ねると、緩慢に首を横に振った。


「今日はクィアに呼ばれてるからまた今度ね」


「クィアって……そんなのまた虐められるに決まってるわ! 今日は文句を言いに行こうかしら!」


 キテオが憤るのも無理はない。クィアとは悪意を司る女神で、邪神派閥に属する邪寄りの神だ。邪寄りと評されるに相応しい悪行っぷりのほとんどはハピルスに向けて行われたものであり、一度は神の証とも言える白髪を切り落とされて神の力を放出し過ぎ、ハピルスの神としての力を全て失いかけたことだってあった。もちろんそれは少々おいたが過ぎたとして他の神々に罰せられたが、それでも尚ハピルスへの悪戯が止まらないところを見ると生粋の悪童なのだとキテオは考えている。


「あっはっは、大丈夫大丈夫。クィアだってそんなに悪い神じゃないし、なんだかんだで慕ってくれてるんだと思うんだよね」


「ハピルスがいつもそう言って全てを受け入れてるからクィアだって調子に乗るんだわ! 一度ガツンと言って対等であることを教えてあげなきゃよ!」


 悪意を司る神クィアもハピルスやキテオと同じく信者の数がとても少ない。そもそも邪寄りの神自体の認知度があまり高いとは言えず、認知している者の中でも敢えて邪神を信仰する者など絶対的に少ないのだ。


 神々の共通認識として、信者数は神の格である。信者数が力になるわけではないが、神々は基本的にほぼ同等の力を有しているので優劣を付ける手段が信者数くらいしかない。なので、一つの指標として信者数を採用しているわけだ。それは邪神派閥以外には分け隔てなく接しているキテオとて例外ではない。


「とりあえずクィアのところに行ってくるよ」


「気をつけなさい。何かあったらすぐ助けを求めるのよ。呼んでくれたらすぐ飛んで行ってあげるんだから!」


「うん、何かあった時は呼ぶよ」


 能天気に返事をするハピルスにキテオは些か不安を覚えるが、大丈夫だと言われてしまったら手の出しようもない。


 キテオに見送られて共有スペースを離れ、ハピルスはクィアの部屋に転移した。


 クィアの部屋——と言っても家具や生活雑貨があるわけでもなく、真っ白な空間にポツンと椅子が二つばかりあるだけの場所にハピルスが現れると、次いで片方の椅子の傍に背の低い神が現れた。


「キャハ、アンタもホントにお人好しのバカねぇ。存在を消そうとした相手の土俵にのこのこ現れるなんて」


 嘲るような笑みを浮かべてハピルスを見上げる幼い女神クィア。百八柱の神々の中でも特に幼い外見をしているこの女神は、嗤いながら向かいの席に座るようハピルスに進めた。それに従って何の迷いもなく腰を下ろすハピルスを見てクィアは目を細める。


「……クィアは優しい子だからね。あの時も悪気が無かったのは知ってるよ」


「一体何のことかしら? アタシは最初からアンタを消滅させる気で髪を切ってやったのよ」


「あっはっは、別に悪ぶらなくてもいいのに。クィアは伸びっぱなしのボクの髪を整えようとして切ってくれたんだよね」


「そ、そんなわけないでしょ⁉︎ アタシはアンタのことが大っ嫌いで——」


 動揺して先ほどまでの余裕が吹き飛び、見事なまでにアタフタしているクィアを見てハピルスは小さく笑った。


「何がおかしいのよ!」


「クィアは可愛いなって思ってさ」


「バッカじゃないの⁉︎ 次は絶対に消滅させてやるんだからね⁉︎」


 赤面するクィアの弱いパンチを両手で受け止めつつハピルスは髪を切られた時の記憶を掘り起こしていた。






 確か今日みたく共有スペースで一人優雅に惰眠を貪っていたらクィアがやってきて、綺麗な髪が乱れていてもったいないと言った。そして服のポケットからハサミを取り出して整えてくれていたはずだ。手先の器用なクィアらしく手早く作業していたはずだが、途中で可愛いらしいくしゃみが聞こえたかと思ったら急激に力が抜けるのを感じてハピルスは意識を失ってしまった。


 ——つまり、クィアのドジっ子属性が開花してハピルスは消滅しそうになったのだ。

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マイナー過ぎる神様と危険な信者たち 綱渡きな粉 @tunawatasi_kinako

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