友と道
陰陽由実
崩壊
とある高校の、とある教室。
机が3つ、三角形になるように並べられていた。
椅子も3つ。空席はない。
俺はその椅子の一つに座っていた。
左側には担任の蓮池先生。
そして右側には俺の友達、だったはずの良樹。
なんでこんなことになったんだろう。
俺は、悪くないはずなのに。
◇◇◇
いつのことだっただろうか。
多分ひと月くらい前だ。
一番最初の異変は5時間目が始まる前。俺は自分の筆箱からシャーペンが一本消えていることに気がついた。
その日の昼休みは図書室に本を借りに行っていて教室にはおらず、筆箱は教室の自分の席に置きっぱなしだった。
なくなったシャーペンは、予備として筆箱に放り込んでいたやつなので使ってはおらず、特に気に入っていたものでもなかったから、そのときはいずれ出てくるだろうと思って放置した。
5時間目が終わって6時間目が始まるときにまた確認してみると、シャーペンは筆箱の中にあり、ただ見つけられなかっただけなのだろうと思い、そのまま忘れてしまった。
そして数日が経ち、今度は数学のノートがなくなった。
幸いノートの点検をされる日ではなかったので、日本史のノートを代わりに使った。あとからロッカーや自分のリュックをあさってみたところ、生物の教科書とノートの間から出てきた。おかしいなぁと思いつつも、ノートは見つかったのでまあいいか、とこれもすぐ忘れてしまった。
それから2、3日後、今度は英語の教科書がなくなった。
授業の直前に気がついたため他クラスの友達に借りに行くこともできず、先生に忘れたことを伝えて貸してもらった。
授業が終わってからあちこちを探して、古典の教科書に挟まっているのを見つけた。
英語と古典では、古典の教科書の方がサイズがだいぶ小さい。正直、手違いで知らないうちに挟まるなど考えにくかった。
そのときになって、ようやく俺は何かがおかしいと思った。
最近、一時的に物がなくなることが少々多いと。
一時的でずっとなくなっている訳ではないし、なくした物もなくなる前と変わりない状態で出てくる。
しかしそのせいで授業点を失点しているのも事実。大学進学を目指しているので、自分のせいでもないのに点数を下げられるのはいただけない。正直言って結構腹が立つ。
どうしようかと考えて、とりあえず良樹に相談した。
「最近さ、俺の物がよくなくなってるんだけど、どうしてだろ?」
「例えば?」
「教科書とかノートとかが必要な時になくなって、後から探したら見つかる。しかもあり得ない所から」
「あり得ない所って、ゴミ箱の中とか?」
「それはないけど、なんかこう、別の教科の束のところに混じってたりとか」
「それ絶対誰かが動かしてるよ」
だいぶきっぱりという良樹に、俺もそう思う、と返した。
「今考えてみたらいろいろなくしたと思ったら出てくること多い。忘れてたけど」
「おい」
つっこむように笑われて、俺もつられて笑った。
「まあ、またなんかあったら言って。大したことできないと思うけど」
「確かに良樹は大したことできんないかもな」
「うわひっでぇ」
「まあ、また何かあったら言うから。ありがと」
「おう。いつでも頼れや」
ニカッと笑う笑顔が頼もしかった。
それから一週間くらいは何もなかった。
俺も、物がなくなっていたことを忘れかけていて警戒も薄れていた。
だからだろうか。
「……あれ?ない……」
体育の授業前、体操服がないことに気がついて青ざめた。
忘れてきた訳がない。ちゃんと今朝リュックに入れて持ってきた。学校に来てからも、物を取り出すためにリュックを何度か開けた。ちゃんとあった。あんな場所をとるようなもの、なくしてもすぐに見つかるし、そもそも学校でうっかりなくすとかありえない。
「どうした?」
後ろから声をかけられ、振り向くと少し不思議そうな顔をした良樹がいた。
「体操服がない」
「えっ、まじで?忘れたとかじゃなくて?」
「俺はちゃんと持ってきてた」
「……やられた?」
「やられた。クッソ、あの先生怖いのに」
しかも今日からバスケなのだ。バスケ部所属の自分がこの日をどれだけ待ちわびたか。
「絶対に許さねぇ……」
ぼそりとつぶやくと良樹が少したじろいだ。
「……とりあえず俺、更衣室行くから。ちゃんと先生のとこ行けよ」
「誰が逃げるって?」
「すまん」
そう言うと良樹は速足で行ってしまった。
体操服を忘れたら見学をすることになる。先生からは珍しいと言われただけで怒られはしなかったが、もやもやとしたものが俺の心を埋め尽くしていた。
ぼんやりしながらミニゲームをするクラスメイトを眺めていたら、一度だけ良樹と目が合った。
すぐにふいっ、と顔を逸らされ、どうしたのだろうと思った。
「良樹!そっち敵ゴール!」
クラスメイトに注意される良樹を見て、良樹もバスケ部なのになぁ……疲れてるのかな、と内心思った。
授業が終わり、一人で教室に戻ると、まだ誰もいないはずの教室に誰かがいた。
「え……?」
良樹だった。
彼はもう制服に着替えていて、俺のロッカーの扉を開け、中に手を突っ込んでいた。
俺に気づいた良樹は、すぐにパッと手を引っ込めてロッカーの扉を勢いよく閉めた。
嫌な予感がして速足で教室に入り、良樹を押しのけてロッカーを勢いよく開けた。
いつも通りに並べた教科書やノート。その上に俺の体操服が乗っかっていた。
体育の授業前、もしやと思ってロッカーも確認した。だがそのときはなかった。つまりそのとき、俺ではない誰かが俺の体操服を隠していたことになる。
「なあ」
俺はあまり信じたくない、しかしそうとしか思えないことを良樹に聞いた。
「まさかとは思うけど、良樹が俺の体操服、とったんじゃないだろうな」
「……ばれたか」
睨みつけて言っってしまったのに、別に何ともないという風にあっさりと肯定の言葉が返ってきた。
「いやね、いつ気がつくかなーとは思ってたけど」
「まさか、今までのも全部良樹が……」
「そゆこと」
にやっと笑う良樹を見て、俺は怒りと驚き、そして暗闇に突き落とされたような絶望を覚えた。
「……なんで、そんなことをしたんだ」
「んー……なんとなく?」
「お前っ!」
俺は思わず良樹の胸ぐらをつかみ上げた。
「俺がどれだけ地味に苦労したか……っ!」
「落ち着けって、そんなに怒るなよ」
「怒らねぇわけねぇだろうがっ!」
「ちょっと物隠しただけだろ?壊したり隠したままにしてたわけじゃねーし」
「それでも俺にとってはだいぶな被害だったんだよっ!」
「被害って」
言い方うける、とからかう良樹を反射的に殴ろうとして右の腕を振り上げた。
そのとき、間延びしたチャイムが教室に鳴り響いた。
目を固くつむった良樹が、中々衝撃がこないことを訝しんでそろりと目を開けた。
クラスメイトが教室に戻ってくる足音がする。
俺は良樹を突き飛ばすようにして手を離した。
少しせき込み、襟を直す良樹に背を向けて、俺は教室を出た。
後ろで良樹の声が聞こえたが、ちゃんと聞き取ろうとはしなかった。
◇◇◇
それからは良樹と話したり、一緒にいる時間とかがほぼ皆無といっていいほどまで減った。
話しかけてきたら、うん、とか、へー、という必要最低限の言葉を返すだけか、聞こえなかったふりをした。移動教室の移動中についてきたなら速足にした。部活後も一人でさっさと帰った。
とりあえず距離を置きたかった。
一人になりたかった。
あんな事をした良樹を友達と言いたくなかった。
そんな対応が続いて二週間。
良樹はだんだん俺へ話しかけなくなった。
若干俯きがちになることが多くなった。
良樹も一人でいることが増えた。
そんな折、担任の蓮池先生に呼び出された。
「今日の放課後、ちょっと残ってもらってもいいかしら」
少し笑って言う若めの先生に、俺は部活も休みですし大丈夫です、と答えた。
そしてクラスメイトが帰った後、俺達は3人で机を三角形に並べ、椅子に座っていた。
「翔馬君」
一言目に先生が俺の名前を呼んだ。
「良樹君から聞いたのだけど、最近良樹君のことを無視しているそうね」
机の下にある手が、一瞬ぴくりと動いた。
「……まあ、そうかもしれません」
「どうしてそんなことをするの?」
まるで俺が悪者だというような言われ方に少し戸惑った。
「良樹が……」
今度は机の上に置いている良樹の指がぴくりと動いた。
「良樹君が何をしたか教えてくれる?」
そのとき、俺は良樹が先生に全てを話していないことに気がついた。
おそらく、良樹は俺から無視をされているとしか先生に相談していないのだろう。だから俺が悪者のような目で見られたんだ。
「初めは些細なことだったんです」
俺は順に話し始めた。
ひと月ほど前から物がなくなり始めたこと。
ただ、なくなった物はいつの間にか別の所に移動して手元に返ってきていたこと。
人為的なものだと疑っていたら、犯人がよりにもよって良樹だったこと……
「それで、なんかもう良樹と話すのも嫌になっちゃって、避けてました」
良樹が途中で話を遮るかと思っていたけど、話したいところまで話せた。でも、ずっと俯いて話していたから、今、良樹がどんな表情をしているか分からない。
「良樹君はどうして翔馬君にそんなことをしたの?」
良樹に問うものだった。
「あ……えっと……」
「なんとなく、って俺は聞いています」
顔を上げて言うと、良樹は俯いていた。
「俺は、ただ単に、本当にちょっとしたいたずらのつもりだったんです」
小さな声で良樹は話し始めた。
「別に翔馬を嫌いになったとか、嫌なことされたとか、そういうんじゃなくて、本当にただのいたずらのつもりで、翔馬がびっくりするだろうなって、いつものじゃれあい程度にしか思ってなくて……だから、翔馬がここまで怒るとか思ってなくて……今は、軽率だったなって、思ってる」
良樹の言葉に俺は複雑な気持ちになった。自分も少々カッとなってしまったという反省と、それでも良樹を許すのはどこか納得がいかないという思いがまぜこぜになっている。
嫌な気分だ。
「良樹君が翔馬君の物を隠したっていうのは初めて知ったわ。翔馬君が一方的に良樹君を無視していたわけじゃなかったのね」
先生は一つうなずいて続けた。
「良樹君がほんのいたずらのつもりで翔馬君の物を隠していたら、良樹君が思った以上に腹を立てた。その怒りは良樹君を無視するという形で表れて、それに良樹君は悲しくなった。そんな感じ?」
俺は呟くようにはいと言い、良樹も小さくうなずいた。
「それじゃあ2人はこれからどうしたい?」
にっこりと笑って言った先生に、俺は思わず、え、というつぶやきをもらした。
正直なところを言うならば、良樹を良く思わない自分がいる。だが、自分が傷ついたように良樹も傷ついていた。
俺が自分の結論をうまく出せずにいると、良樹が口を開いた。
「俺は、できることなら、また翔馬と仲良くしたい……」
「…………」
俺はこれになんと答えればいいのだろう。
すぐに前のように仲良くするのは抵抗がある。だが、このまま友達に戻れないというのも嫌だ。
それなら——
重苦しい沈黙が乗しかかっている。震えてうまく動かせない口を開いた。
「俺も、できるなら仲良くしたい……」
声の余韻が聞こえそうだ。
先生は先ほどよりもさらに笑みを深くして言った。
「それじゃあ、お互い自分のやったことも自覚できたし、相手に向き合うこともできて、これからどう関わりたいかも見えたよね」
俺達は「はい」と言った。
ハモッた。
「私も君達のことは今後気にかけるし、困ったことがあったらまた話を聞くね。……こんな風に終われてよかった。じゃあもう遅いし、今日はお開きにしようか」
そう言った先生に倣い、移動させた机を元に戻してから俺達は教室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます