お嬢様学校に男子枠で在籍中の僕、昨日まで付き合っていた元カノに、次のカノジョを紹介されました。――以上、当作品「ろりくま」の紹介文です。

さらば蛍

第1章 オトコの定義

春休みの出来事

第1話 クリちゃんと呼ばれたいらしい。

 令和4年4月1日。まだ春休み中ではあるが、僕達が住んでいる生娘きむすめ寮では年度替わりの引っ越し作業が行なわれている。


 生娘寮とは、優嬢ゆうじょう学園の敷地内、校舎の隣にある3階建ての寮の名称だ。


 優嬢学園とは、北関東の山奥にある、花嫁修業に特化した中高一貫のお嬢様学校であり、僕は昨年の春に「花婿修業をする」という名目で高等部への入学を許可され、この生娘寮の住人となった。


 全寮制のお嬢様学校に、1人だけ在籍する男子生徒――それが、今の僕の立場だ。


 生娘寮という名称は、この学園のある山の名前――生娘山きむすめやま――に由来するものであって、決して生娘以外は住んではいけないという意味ではない。生娘だろうが、そうでなかろうが問題はなく、男子生徒である僕ですら住むことが許されている。


 なお、生徒の部屋は4人部屋なので、僕の住む部屋は必然的に男女相部屋。

 引っ越した後の部屋でも、僕のルームメイトは女子が3名という事になる。


 寮の部屋の中には男女を隔てる壁など無く、生活空間は完全に男女一緒。

 トイレは男女共用。風呂も男女共用で、合意の上でなら混浴すら可能だ。


 常識的に考えれば、僕だけ「仲間外れ」にされてしまってもおかしくないような状況にもかかわらず、なぜかそうならない。


 それは、この学園のお嬢様方が、ありのままの僕を受け入れてくれたからだ。


「男性を立てるのが女性の役割」という教育方針のお嬢様学校なのに、男子でも入学させてもらえるなんて、ジェンダーフリーという考え方は素晴らしいですね。


 主夫を目指している僕も生娘寮のお嬢様方を見習って、もっとコミュニケーション能力を上げ、素敵な「お婿さん」になれるように頑張らないと。






「お兄ちゃん、クリちゃん先輩とクマちゃんは、もう、お部屋にいるみたいなの」

「そうみたいだね。ちょっと遅くなっちゃったかな?」


 僕の隣にいる、2つ結びツインテールの髪型が良く似合う、小さくてかわいい女の子は、今日から2年生になった鬼灯ほおずきポロリちゃん。


「お兄ちゃん」と呼んでくれているのは、僕の「妹」だからである。


 生娘寮では、学年が3つ離れた生徒同士がパートナーを組み、3年間同じ部屋で生活することになっていて、ポロリちゃんは、僕のパートナー。


 僕は5年生――つまり高等部の2年生――で、3つ年下の妹は中等部の2年生だ。

 これは「姉妹制度」と呼ばれているが、僕達の場合は「兄妹」という事になる。


 今日の引っ越し作業は、今まで2階に住んでいた皆さんが午前中に3階に引っ越し、1階に住んでいた僕達は、午後から2階に移るというルールになっている。


 ちなみに現在の時刻は、午後2時である。


「えへへ、ちょっと緊張するね」

「そうだね。ポロリちゃんが一緒にいてくれて助かったよ」


 かわいい妹と会話をしながら、101号室から持ってきた表札ネームプレートを所定の位置にセットする。今日から1年間は、この209号室が僕達の部屋だ。


【209号室】

【甘井 道程】【栗林 磨論】

【鬼灯ぽろり】【熊谷 伊予】


「なんて言って入ろうか? ごめんください? それとも、ごきげんよう?」

「ポロリはね、『ただいま』がいいと思うの」

「よし、それで行こう。――ただいま!」

「ただいまぁ!」


 209号室のドアを開け、かわいい妹を連れて2人で中に入る。

 部屋の造りは、どの部屋も同じなので、引っ越し前の101号室と全く同じだ。


 入り口でスリッパを脱ぎ、短い廊下を進むと突き当りにトイレのドアがあって、そこから左を向くと部屋の中が見える。


 広いワンルームの手前側がリビングで、右手には簡易キッチン。

 奥の左側には2段ベッドが2つあり、右側には勉強机が4つ並んでいる。


 部屋に1歩踏み入ると、リビングの小さなテーブルに向かって腰を下ろしている2名の女子が視界に入った。2人とも、僕達とおそろいの体操着姿だ。


「あー、おかえり。遅かったね。――こんな感じでいいかな?」


 こちらの、やや小柄なお嬢様は、僕と同じ5年生の栗林くりばやしマロンさん。

 うちの学園は、1学年1クラスなので、同学年なら必ずクラスメイトである。

 栗林さんは、僕達に合わせてフレンドリーな対応をしてくれたようだ。


「うん、うん」


 こちらの、やや大柄なお嬢様は、栗林さんの妹で、2年生の熊谷くまがいイヨさん。

 熊谷さんは、お姉さまの横に座り、笑顔でうなずいている。


「栗林さん、熊谷さん、今日からルームメイトという事で、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」


 僕は、小さくてかわいい妹と2人で、栗林姉妹に頭を下げる。

 今日から1年間は、この4人で1つの家族だ。


「こちらこそ、よろしく。――ところで、せっかくルームメイトになったのに、私は、まだ『栗林さん』なの?」


「――え?」


 ――早速、そう来ましたか。


 栗林さんは、この寮に住む大多数の人から「クリちゃん」と呼ばれている。

 僕の妹ですら「クリちゃん先輩」と呼んでいるほどの大勢力だ。


 それで、本人は僕からも「栗林さん」ではなく「クリちゃん」と呼ばれたいらしいのだが、僕には恥ずかしくて、その言葉をどうしても口に出すことができない。


 栗林さんに悪気が無い事は、僕にも分かっている。

 けがれているのは、僕の心である。


「もしかしてアマちゃんは、私の事、嫌いなの?」


 ――アマちゃん? ああ、僕の事ですか。

 栗林さんがクリちゃんなら、甘井さんは、たしかにアマちゃんですね。


「いえ、そんな事は全然ないですよ。どちらかと言えば『好き』ですし」


 僕の場合、好きな異性の判断基準は「エッチなかよしさせて欲しいと思えるかどうか」なので、基本的に生娘寮に住んでいるお嬢様方は、全員「好き」である。


「じゃあ、どうして?」


 それでも、女の子同士ならともかく、オトコである僕に、その言葉を言わせようとするのは、セクハラなのでは?


 栗林さんは、僕の名前が「ペニーロ」で「ペニちゃんと呼んでください」と言ったら、そう呼んでくれるのだろうか……


『――いいよ。じゃあ、今日からペニちゃんね!』


 ……呼んでくれそうな気がする。この言い訳ではダメだ。


「僕は、昨日までルームメイトだった天ノ川あまのがわさんの事も、ずっと『天ノ川さん』って呼んでいましたし、『親しき中にも礼儀あり』って言うじゃないですか」


 民主主義社会においては、双方から意見を出し、お互いの主張を認め合う姿勢が大事だと思う。多数決で物事を決めるのは最終手段であって、最善策とは言えない。


「それもそうだけどさ。私はミユキさんほど生真面目じゃないし、ルームメイトなら、もっとフレンドリーに行こうよ」


 天ノ川さんは、栗林さんが思っているほど生真面目でもないし、天ノ川さんと僕は、フレンドリーどころか、昨晩は一緒に寝てなかよししてしまったのだが……まあいいか。


「あっはっはっ、分かりました。じゃあ、『クリさん』でどうですか?」


 相手の意見を尊重しつつ、双方が納得できる妥協案を考える。

 やみくもに相手の意見を否定し、ただ反対するだけではダメだ。


「『クリさん』かぁ……悪くないかも。甘井さんは『アマちゃん』でもいい?」

「それは構いませんよ。『みっちゃん』以外なら、何でもいいです」


 栗林さんは『クリさん』で妥協してくれたので、この問題は解決だ。

 これが真の民主主義であり、皆が幸せになれるヒントなのではないだろうか。


 それにしても、僕は『アマちゃん』ですか。


 幼い頃に、どこかで聞いたことがあるような、すごく懐かしい響きだ。

 どこで聞いたのかは、全く覚えていないが。


「――はいっ!」


 今度はクリさんの妹の熊谷さんが、僕の目を見ながら右手を真っ直ぐに挙げる。


「はい。熊谷さん、何でしょうか?」

「ダビデ先輩、私も『熊谷さん』より『クマちゃん』か『クマさん』がいいです!」

「了解しました。では、今日から『クマさん』でいいですか?」

「うん、うん」


 熊谷さん改めクマさんは、大きく2回頷く。

 これはクマさんのくせらしいが、とても嬉しそうな笑顔だ。


 僕がクマさんから「ダビデ先輩」と呼ばれている理由は、去年の春、美術部のヌードモデルを務めた際に、僕が依頼されたポーズがダビデ像と同じだったからである。


 このように「称号」で呼ばれることは、うちの学園では人気の証なのだそうだ。




「――じゃあ、改めて自己紹介しようよ。室長のアマちゃんからね!」


 クリさんの提案で、そのまま209号室の室内ミーティングへ移行する。


 リビングの小さなテーブルを4人で囲み、僕の正面にクリさん、右手にポロリちゃん、左手にクマさんという席順だ。


 僕から時計回りに、背の順に座っているような感じである。


 室長は年功序列で決められる為、クリさんより誕生日が1日だけ早い僕が室長を務めることになった。室長といっても、特に何もする事はないのだが。


「はい。では改めまして、5年生の甘井道程みちのりです。管理部の副部長で、今年度は僕が校舎内の売店の店長という事になっています。売店の商品について、ご意見やご希望がございましたら何でも僕に言って下さい。悩み事の相談も年中無休で受け付けていますので、何か困った事があれば、いつでも相談して下さい。以上です」


 ――パチ、パチ、パチ、パチ。


 僕がすべきことは、去年1年間で学んだ事を生かし、皆さんにお返しする事。

 誰もイヤな思いをせずにいられる世界が一番だ。




「次は私ね。5年生の栗林磨論まろんです。料理部の園芸班で、主に食材の調達と管理を担当しています。今年の秋は、この4人で栗拾いに行きたいですね。実家は、ここよりもド田舎なので、地元に年の近い友達は1人もいません。私とは気兼ねなく接して下さい。以上です」 


 ――パチ、パチ、パチ、パチ。


 以前、本人から聞いた話によると、クリさんの実家は限界集落らしい。

 老人ばかりの集落で暮らすのは、かなり大変そうだ。




「2年生の熊谷伊予いよです。絵を描くのが好きで美術部に入りました。あと、お菓子も好きで、あったら全部食べちゃうので、私の前に、お菓子を置かないで下さい。ダビデ先輩には相談したい事があるので、後でよろしくお願いします。以上です」


 ――パチ、パチ、パチ、パチ。


 いつもニコニコしているクマさんでも、悩み事があるのか。

 僕でも力になれるのなら、ルームメイトとして、助けてあげたいところだ。




「2年生の鬼灯ポロリです。お料理を勉強したくて料理部に入りました。好きな人は、お兄ちゃんです。クマちゃんとも、もっと仲良くしたいし、クリちゃん先輩からは食材の選び方とかを教わりたいので、よろしくお願いします。以上です」


 ――パチ、パチ、パチ、パチ。


 ポロリちゃんと相思相愛である事は自覚していても、人前で発表されると、かなり恥ずかしい。しかし、この寮では姉妹で仲が良いのは当然の事なので、それが兄妹であっても、周りからは全く不審に思われないようだ。




「クリさん、自己紹介の次は何を話しましょうか? 部屋のルールとかですか?」


「部屋のルールねぇ……ミユキさんから、いろいろと話は聞いているから、アマちゃん達は今まで通りでいいと思うよ。私達がアマちゃん達に合わせるから」


 天ノ川さんは、アマアマ部屋のルールをクリさんに伝えてくれたらしい。

 僕達の為に引継ぎまで済ませてくれているなんて、さすが天ノ川さんだ。


「うん、うん」


 クマさんも、きっとクリさんから話は聞いているのだろう。


「ありがとうございます。101号室の時と同じでいいなら、僕達も気が楽です」


 僕は小さくてかわいい妹と顔を見合わせて、同時に笑顔になる。

 新しいルームメイトが、クリさんとクマさんで良かった。


「えへへ……今日からはアマアマ部屋じゃなくて、アマグリ部屋なの」

「アマグリ部屋かぁ! いいね、それ!」

「うん、うん」


「それでは今日から、この部屋は『アマグリ部屋』という事で、4人で楽しくやっていきましょう!」


 ――こうして、生娘寮で2回目の春を迎えた僕はアマグリ部屋の室長となった。

 昨日、ネネコさんと別れたばかりでも、楽しい事は、まだまだ沢山ありそうだ。








 ご愛読特典:「ろりくま」主人公の紹介、および優嬢学園お嬢様名鑑①


「ろりくま」の第1話を最後までご覧くださって、誠にありがとうございます。


 ここでは「ろりくま」からの読者様に向けて、主人公と第1話の本文中に登場した5名のお嬢様方をご紹介致します。なお、身長は新学期開始時点の推定身長です。


甘井 道程 あまいみちのり  5年生の出席番号1番。身長170㎝。

「ろりねこ」および「ろりくま」の主人公。根暗で気が弱いが、性欲は強い。

1年間の寮生活で、お嬢様方に囲まれた環境にも、だいぶ慣れてきたようだ。

101号室から209号室に転居。管理部副部長。妹は鬼灯ぽろり。


栗林 磨論 くりばやしまろん  5年生の出席番号6番。身長152㎝。

初登場は「ろりねこ」第56話。「ろりくま」ではミチノリのルームメイト。

通称クリちゃん。誕生日は10月12日。実家は限界集落にあるらしい。

103号室から209号室に転居。料理部所属。妹は熊谷伊予。


鬼灯ぽろり ほおずきぽろり  2年生の出席番号15番。身長138㎝。

初登場は「ろりねこ」第3話。地元の名店「ぽろり食堂」の看板娘。

誕生日は3月31日。ミチノリとは既に兄妹の一線を越えた仲である。

101号室から209号室に転居。料理部所属。兄は甘井道程。


熊谷 伊予 くまがいいよ  2年生の出席番号7番。身長160㎝。

初登場は「ろりねこ」第135話。大人しい性格で、いつも笑顔。

ネネコとは仲が良く、お互いに「ネコ」「クマ」と呼び合っている。

103号室から209号室に転居。美術部所属。姉は栗林磨論。


天ノ川深雪 あまのがわみゆき  5年生の出席番号2番。身長158㎝。

初登場は「ろりねこ」第3話。「ろりくま」ではミチノリの元ルームメイト。

入学時から学園一の巨乳を誇り、体型は当時からほとんど変わっていないらしい。

101号室から206号室に転居。科学部副部長で水泳部部長。妹は蟻塚子猫。


蟻塚 子猫 ありづかねねこ  2年生の出席番号1番。身長148㎝。

初登場は「ろりねこ」第1話。「ろりくま」ではミチノリの元カノ。

ミチノリの初めての友達であり、初めてのカノジョであり、初体験の相手である。

101号室から206号室に転居。陸上部所属。姉は天ノ川深雪。


 上記以外にも優嬢学園のお嬢様方が多数登場する予定です。

 お気に入りの子が見つかりましたら、フォローしてあげて下さい。


 それではまた。ごきげんよう。

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