第30話 「中立」

「えっ」


 河野さんの話に、私は思わず声を上げてしまった。


「桐山会長が、自分でそう言ったの?」


 河野さんはこくりとうなずく。


「生徒会長は、常に中立であるべきだから、って……」

「そんな……」


 私はしばし言葉を失う。

 だってあの桐山会長が──合唱祭への参加を辞退? あんなにも合唱を愛する彼が?


「歌を歌うのが苦手とか好きじゃないとか、そういう理由だったら私も何も思わないんだけど……」


 河野さんはそう言って軽くうつむいた。

 ということは、彼女は桐山会長が、合唱そのものは好きはなずだと知っているようだ。


「河野さんは、桐山会長がそんなことを言い出した本当の理由に心当たりってある?」

「本当の理由……?」


 河野さんは首をかしげている。

 でも桐山会長が河野さんに語った「生徒会長は中立であるべき」が、本当の意味での理由だとはとても思えないのだ。


「考えてもみて。どうして合唱祭への不参加が、生徒会長の中立を示すことになるの? 全校生徒が合唱祭の賛成派と反対派に分かれて争ってた、とかならわからないでもないけど、そんなことなかったじゃない」

「え、ええと、私に言われても……」


 いけない。思わずヒートアップして、河野さんを委縮させてしまった。


「ごめん。でもそう思うでしょう?」


 今年の合唱祭は、合唱祭実行委員と生徒会執行部の共同主催ということになっているし、生徒会長である桐山会長が参加者側ではなく運営側に属するのは事実だ。

 けれど結局実行委員は全員どこかのチームに加わることになったし、それは執行部だって同じだったと思うのに。


「もしかして、河野さんや庄司くんも出ないの?」


 不安になりながら訊くと、河野さんはふるふると首を振った。


「庄司くんは出ないけど、私は出るよ。執行部の他のみんなも出るはず」


 つまり、執行部の中で出ないのは庄司くんと桐山会長だけということのようだ。


「じゃあ……庄司くんに義理立てしてるのかな? 出ないのが庄司くんだけにならないように」

「──違う」


 突然声がして、私たちははっと振り返った。


「庄司くん!」


 噂をすれば──ではないのだけれど、どうやら彼はいつからか私たちの会話を聞いていたらしい。


「あいつは、そういうことはしない」


 庄司くんはそう言い切った。まあ、そういうタイプじゃないというのは本当だろうと私も思うけれど。


「じゃあ……本当の理由に心当たりある?」


 私が訊くと、庄司くんは首を振った。


「……けど、あいつのこと、出してやってほしい」


 絞り出すように言った庄司くんに、河野さんも加勢する。


「私からもお願い。もう最後だから、会長には後悔も我慢もしてほしくないの」


 副会長二人ともから懇願され、私は(ああ、桐山会長は慕われているんだな)などと思う。


「……どうして私に?」


 私なんかより、身近で付き合いも長い二人の方が、桐山会長は話を聞くんじゃないかっていう気がするのに。

 すると、河野さんは少し考えてからこう言った。


「木崎さんは、たぶん会長があまり免疫のないタイプだろうって気がするから」


 なんなんだろう。免疫がない、とは。桐山会長が私を苦手ということだろうか。いやいや、苦手意識をもっているのはむしろ私の方だ。

 が、二人に託されてしまった以上そんなことを言ってはいられない。


(……にしても)


 桐山会長は、どうして合唱祭参加を辞退なんてしたのだろう。

 純粋に出たくなくなっただけなのだろうか。


(出たくなくなった、って……あの桐山会長が? 合唱祭のあり方に異を唱え、あわや廃止に追い込みかねなかったあの桐山会長が? それほどまでに合唱を愛していたあの桐山会長が? いやいや……)


 正直、考えられない。かといって、彼が合唱祭に出たがらない理由なんてまったくもって思い浮かばなかった。

 だったら、私が目指すべき道は一つだ。

 私は生徒会室に戻ると、一直線に桐山会長のもとへと歩み寄った。


「ねえ、ちょっと話があるんだけど」


 思いのほかすごみのきいた声が出てしまい、自分でもびっくりする。

 部屋にいた他の執行部役員からは「何事?」と言わんばかりの視線を感じたが、構ってはいられない。

 私は桐山会長を廊下へと連れ出し、生徒会室からは少し離れた、人通りのない階段まで移動した。


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