第23話 懐かしい顔触れ

 廊下から聞こえてきた懐かしい声に、私は真っ先に反応する。


「──輝!」


 開け放たれたドアにもたれていたのは、そのくりりとした目をいたずらっぽく光らせた輝だった。


「牧村さん……どうしてここに?」


 新垣くんが尋ねる。突然いなくなって突然現れたのだ。輝の性格を知らない彼が驚くのも無理はないと思う。


「だって。合唱祭、やっぱりやるって聞いたから。しかも放送室ジャックなんておもしろすぎるじゃん」


 そう言って楽しげに笑う輝を、新垣くんは半ば唖然としたように見つめた。


「いや、だからそれは──」


 乾が取りなそうとしたのを、中村くんが遮る。


「わかってますよ、牧村先輩。ヤツですね」

「そう、ヤツです」


 いったい何を通じ合っているのか、二人はにやりと顔を見合わせた。

 そして中村くんが誰かに電話をかけ始める。


「あ、ちょっとさ、今暇? 生徒会室来てくんない?──うん、ちょっと。──うん、たぶん面白いから。──うん、待ってる」


 電話を切った中村くんは、部屋中の視線が自分に集まっているのにも気づいていないようだ。

 仕方なく尋ねる。


「中村くん、誰を呼んだの……」

「完全な部外者じゃないんで安心してください」


 中村くんは意外そうに目を瞬いてからそう言った。が、もちろんそれでは答えになっていない。

 けれどその人物はたった数分の後に、私たちの目前に現れたのだった。



「……はあ、まあ行けんじゃないっすかね。三年生もいるんで話通しときますよ」


 中村くんに呼び出された彼──湯浅くんは、軽いノリでそう言った。輝に続いて合唱祭実行委員会のグループを抜けた、あの湯浅くんだ。

 にしても、放送部員だったとは知らなかった。


「てか、合唱祭やるなら俺、戻ってきた方がいいっすかね?」


 湯浅くんは体半分で新垣くんを振り返る。


「え、うん。戻ってきてくれるなら歓迎だけど……」


 あの新垣くんがやや圧され気味だ。

 私は全く系統の違うメガネ男子二人を、どこか新鮮な気分で眺めた。


 が、私はそこでふとあることに気づく。


「いや、湯浅くん! 是非戻って!」


 私は思わず彼の方に身を乗り出した。

 明日の昼放送ジャックだけではない。講堂で合唱祭をやるのなら、音響関係で間違いなく放送部の力借りることになるのだ。

 湯浅くんがいるのといないのとでは、そのあたりの調整の進めやすさが全然違うだろう。


「いいですよ。木崎先輩が言うなら」

「え?」


 なぜ私?と思って首をかしげたところに、塚本くんが戻ってきた。


「──申請出してきました!……って、あれ?」


 湯浅くんの姿を認めて目を丸くしている。

 そんな塚本くんに、湯浅くんは「よお」と片手を挙げて答えた。


「復帰?」

「そりゃ、推しに乞われちゃ戻らないわけにはいかないっしょ」


 すると、さっきのやりとりは知らないはずの塚本くんが、なぜかちらりとこちらを見た。

 が、その意味を問うより先に中村くんが不満げな声を上げる。


「いや、俺が電話で呼び戻したんじゃん」

「まあそうだけど」


 湯浅くんに悪びれる様子はない。

 あくまでマイペースなあたり、もしかしたら中村くんといい勝負なのではという気がする。


「んじゃ、改めて頼むわ。湯浅」


 会話が落ち着いたタイミングを逃さず乾が言うと、湯浅くんは「うっす」と会釈して見せた。



「……で、明日の段取りはどうするわけ?」


 桐山会長の声が割り込む。

 そうだ。明日放送で合唱祭への参加呼びかけをするなら、早いことその準備をしてしまわないといけない。

 私はとっさにリーダーたる新垣くんの顔を見たけれど、彼よりも先に口を開いたのは中村くんだった。


「あの、言い出しっぺってことで明日のことは俺に任せてくれませんか?」


 何か考えがあるのだろうか。「いいですよね?」と新垣くんを振り返る。


「それはいいけど……」


 それを聞くやいなや、中村くんはくるりと向きを変えた。


「んじゃ、牧村先輩! 頑張りましょう!」


 突然話を振られたにもかかわらず、輝はにやりと笑って親指を立てている。


「なあ、あいつらに任せて大丈夫か?」

「たぶん何か考えがあるんだろうとは思うけど……」


 乾と新垣くんがこそっと囁き合っているのが聞こえてきた。

 乾の懸念はもっともだったので、私は中村くんに尋ねてみる。


「私も何かできることない? 手伝うよ」

「いや、大丈夫です」


ものの見事に即答されてしまった。


「木崎先輩は教室で俺の勇姿を見守っててください。放送なんで見えませんけど」

「あ、うん……」


 こう言われてしまっては引き下がるほかない。

 と、新垣くんと目が合った。大丈夫だろうとは言いつつも心配なのだろう。


「ま、放送室は部員もいるんでそんなに人数入りませんしね」


 湯浅くんにまでフォローされてしまい、私は若干複雑な気分になる。

 けれど輝はともかく中村くんは、中止宣告のあの日からずっと一緒に走ってきた仲間なのだ。今更信じて任せられなくてどうする。

 私は新垣くんとこっそりうなずき合った──翌日の昼休みに度肝を抜かれることになるなど、想像だにせずに。

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