第22話 始動
「──つまり、例年通りの合唱祭を実施するのはやっぱり無理で、だったら今年独自の合唱祭をやっちゃえばいいじゃん!……ってこと?」
塚本くんから大まかな事情を聴いた私は、驚くやら呆れるやらで額を押さえた。
なんということ。いったい何がどう転べば、あの場でそんな結論が出るというのだろう。
「まあ、概ねそういう感じです」
塚本くんが律儀に答えてくれたところに、新垣くんがやってきた。
「口で言う分には簡単だけど、実際はそう単純じゃないよ。あちこちから許可だの承認だのを得ないといけないし、何より、参考にできるような前例がない」
新垣くんはそう言って眉間にしわを寄せる。
たしかに、実質的には一から新しく行事を作ろうとするのと変わらないのだから無理もないかもしれない。
「──いや、問題ない」
また別の声が割り込んできた。
「執行部が全面協力するんだ。不足などあるわけないだろう」
「……」
恐ろしいくらいの自信に思わず閉口してしまった。
いや、それよりもなぜ桐山会長がここにいるのか──説明を求めるように塚本くんを見る。
「今年の合唱祭は、生徒会執行部と合唱祭実行委員会の共同主催ってことにするらしいです」
塚本くんが囁く。本当に、あの後いったい何がどうなってこうなったのだろう。
「全面協力って……桐山会長の、ではなく執行部のってことで大丈夫なの?」
若干の不安を覚えながらも尋ねると、桐山会長は鷹揚にうなずいた。
「副会長の二人にも話は通してあるし、学校側との話し合いだって──あ」
桐山会長は言いかけた途中でスマホを確認する。
何だろう、と思っていると、彼はどこか不敵な笑みを浮かべた。
「理事会がこちらについているも同然なんだ。ついでに言うと、僕と新垣くんに加えて中村くんまでいる。不可能なんてないよ」
果たして桐山会長の言葉は本当だった。
開催の許可は即日下りたし、生徒会執行部と合唱祭実行委員会は当然のように、合唱祭の主催団体として承認されたのだ。
「理事会がついてるって……いったい何者なのよあの人」
正直、合唱祭を開催できる嬉しさに勝る勢いで空恐ろしさが募る。
「僕の推測が正しければ、現理事長はおそらく彼の祖父か大叔父あたりだろうね」
新垣くんが言うと、中村くんが「ガチじゃないすか」と体を引いた。
「それならこれまでだって、当たり前のようにこの学校を牛耳れたんじゃないの?」
私が言うと、乾があくびをかみ殺しながら「だろうな」と答えた。
「なんで今までは大人しくしてたんだろ。いや、なんで急に権力を行使し始めたんだろって言うべきかな……」
誰にともなくつぶやくと、なぜか塚本くんが咳払いをした。
その意味を察してはっと振り返ってみれば、たしかに桐山会長の姿がある。
(うわっ……)
始業式の放課後のトラウマなのか、今でもついついぎょっとしてしまう。
それを表に出さずにうまく隠せている自信はないので、桐山会長が気にしていない様子なのは幸いだった。
いや、単にそんなくだらないことを気にしているようでは生徒会長なんて務まらないという、ただそれだけの話かもしれないけれど。
「そんな必要がなかった──それだけだよ」
「──!」
桐山会長はさらりと言って、そのまま足を止めずに新垣くんのもとへと歩み寄った。
(私のことなんて、文字通り眼中にないんだろうなあ……そのわりにはがっつり聞かれてたけど)
私はそんなことを思いながら、桐山会長を目で追う。
彼は新垣くんに一枚のプリントを手渡した。
「日程は来月の第二金曜の午後を全校一斉で空けてもらった」
詳細が記されているのだろうか。そのプリントに新垣くんが目を落とす。
「翌週は中間テストか……。本格的な受験シーズン直前の最後のイベントってわけだね」
心なしか、新垣くんの口角が上がっている気がする。
と、乾が立ち上がり二人の会話に加わった。
「会場はどうすんだ? これから押さえないといけないだろ?」
「うん。時期的に今から外部の会場は厳しいだろうし、時間的にも校内が現実的だね」
新垣くんの答えにはっとする。
金曜の午後、つまり五・六限目にあたる時間帯しか使えないのだから、校外の施設に移動する時間なんてないのだ。
「なら体育館か……音響を考えると講堂か?」
「ああ、あそこならピアノもあるね」
「それなら、今から僕、申請に行ってきますよ」
塚本くんがそう言って立ち上がったので、私はびっくりしてしまった。
(なんだろうこの、みんな自分のやるべきことがわかっている感じ……)
なんだか、私一人が無能に思えて悲しくなってくる。
(って、私が勝手に一歩引いて見てるだけか……)
副会長である庄司くんと連れ立って出て行った塚本くんを見送ると、私は意を決してブレーンチームに近づいた。
「タイムテーブルも決めないと。合計で二時間か……どうする?」
「せっかく二時間もあるんだし、一曲だけで終わるなんてもったいないよね」
「けど、どれくらいの人数になるかわからないことには決めようがないだろ」
「完全に未知数だからね……」
日時と場所が決まったところで、それはイベントのほんのスタートに過ぎないのだ。
私はそんな当たり前の、でも今まで全く意識してこなかったことを考えた。
「じゃあまずは参加者を募るところから始めませんか」
後ろから聞こえてきた声に、私を含め全員がぱっと振り返る。中村くんだった。
「まあ、それが一番だろうね。問題はどうするか、で」
けれど新垣くんの返事に、中村くんは首をかしげた。
「簡単ですよ。明日昼休みに放送室ジャックして、合唱祭参加者募集の呼びかけをすればいいんです。参加希望者は放課後どこかに集合ってことで」
中村くんが例によって何事もないように──それこそ「明日ちょっと早起きすればいいんですよ」くらいのノリで言うので、私たちは一瞬、すべての動作を停止してしまった。
「お前、放送室ジャックってなあ……執行部は放送部に伝手とかあんの?」
乾が桐山会長を振り返るが、彼は「いや、ない」ときっぱり首を振る。
「だってあそこは……なんというか、異質すぎる」
かすかに顔をしかめた桐山会長の気持ちはわからないでもない。
その他大勢の一般生徒からは「オタクの巣窟」なんて揶揄されているが、実際のところ放送部は校内きっての変わり者を集めたような集団なのだ。
「──それはもう、ヤツを引っ張り戻すしかないでしょう」
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