ルーピー・ブラックの儀式

サウジェントタウンは夕焼けで赤く彩られている。町外れの車の通りの少ない道路が自分達が見張る場所だ。

ほぼ荒野といった大地が広がっており、ドライバーの目に止まろうとする巨大な看板がぽつぽつと立っている以外は身を隠せそうな場所はない。

仕方なしにイザベラは車を看板の裏に停め、夕焼けが眩しく照りつける道に立った。


「本当に来るのかしら」


イザベラは数キロ先にある無人のガソリンスタンドで購入したアイスコーヒーを飲みながら呟いた。缶は水滴を浮かせて彼女の手の中で温くなりつつある。

今自分達がいる所はサウジェントタウンの入り口となる辺りで住居も少ない。生き物の気配がないため、贄になりそうなものがないのも不可解なところだ。

イザベラの車には保安局からの無線が入るようになっているので住人に何かあれば連絡が入るようにはしているものの、こうまで人気がないと魔術使いが此処に来るか怪しいものだ。


「もう少し町に近い所に陣取るか」

「そうね、その方がいいかも」


イザベラは車のキーをポケットから取り出した。ドアを開けて彼女が運転席に乗り込みエンジンをかけ始めたところでふと視界に動くものを捉えた。

空だ。夕焼けで赤く染まった空に黒いシルエットが浮かんでいる。

高くはない。大きさからするとカラスだろうか。それは小さな群れを成して町を目指しているようだった。

しかしカラスの群れは突如方向を変え地上に近付いてきた。

そこで初めて気付いた。

獣の頭骨を被った人物がいた。遮蔽物のないこの場所にいつの間にやってきたのか、気配もなくその人は地上に現れた。

この時期のサウジェントタウンは西日が当たるのもあって薄着な者が多い中、その人は姿を覆い隠すように真っ黒の外套を纏っている。荒野に浮かぶような黒い姿は視界に入らなかったのが不思議な程だ。

イザベラはこちらの様子に気付き、エンジンを掛ける手を止めた。

カラスは頭骨を被った人物の周りに集まり下り立つ。まるで死体に群がるかのように見える。そう思って言い知れぬ不気味さを感じた。

イザベラは車を降りるとその人物に声を掛ける。


「見掛けないヤツだね。今サウジェントタウンはちょいと面倒な事になってて余所者には警戒してるんだ。町に用があるってんなら顔を見せてくれないかい」


彼女は腰にあるホルスターを撫でながら問う。出発前に装備してきたものだ。相手が人間だった時に必要だろうと言っていたが早速使う機会に恵まれつつある。

頭骨の人物は何も答えず微動だにもしない。何処か異質さを感じる気配に人間ではないかもしれないと小さく漏らすとイザベラは目で同意した。


「もう一度言うよ。顔を見せな。さもなきゃさっさと消える事だ」


頭骨の人物は押し黙っていたが外套から手を出した。その手は骨ばっており浅黒い。頭骨を持つとゆっくりと持ち上げた。

瞬間、外套が崩れ落ちた。重力に従い落ちていく頭骨から黒い靄が噴き出し、宙を黒く染める。近くにいたカラスが靄に飲み込まれ、ギャアギャアと悲鳴を上げて靄の中で血と羽を撒き散らしながら体を引き裂かれた。

イザベラは右手に発光するリボルバーを呼び出し、腰の辺りで発砲した。

スパンの短い連弾が靄を撃つが、靄の中に浮かんでいたカラスの死体がボタボタと落ちただけだった。


「なんだいあれは!?」


リボルバーを構えながらイザベラが声を上げる。


「恐らく『リッチ』だ」


不死者に分類される悪魔。死に損なった魔術師や王の成れの果て。

カラスの群れが警戒からか鳴き声を上げると、靄が広がりカラスを次々と取り込んでいく。

血と羽と肉が靄の中で浮かんでいた。

血が靄の中で集まるとボタボタと滴をたらし始める。血がラインを描いているのに気付いた。


「祭壇円陣か」


インクの替わりにするには随分と趣味が悪い。

イザベラの発光するリボルバーが火を噴いた。靄の中で漂う死体が退魔の弾を受け止めて乾いた地面に落ちていく。


「俺が行く。援護を頼む」


イザベラが頷き、絶え間無く撃つ。弾切れを起こさないリボルバーは宛ら小型のマシンガンのようだ。

イザベラが靄の中の死体を減らしてくれている内に駆け寄り右手に武器を呼び出す。

片手で扱うには大きなそれを左手で支え、引き金を引き絞る。

イザベラ同様退魔の武器は銃だ。ただしこちらは多少雑に狙っても外さない。

バカン、と猟銃のような一際大きな銃声が響く。弾は小さな破片を撒き散らし靄の中の死体を一気に吹き飛ばした。

二発目は靄が四方に別れるようにして避けた。三発目を構えると分かれた靄がこちらを狙ってきた。

イザベラが遠くから弾を撃ち込み怯んだところで距離を取り、散弾を撃ち込む。靄の一部が浄化され空に溶けた。

四発目を構えると靄はまるで糸のように体を細く伸ばして逃げる。

再び撃ち込まれた散弾の礫が糸を途切れさせるも、再び繋がって外套と一緒に転がっていた頭骨の中に潜り込んでいく。風船が膨らむように形を成した外套に散弾を見舞った。

黒い外套に穴が開くが、頭骨を乗せた外套は崩れる事なく空に高く飛び上がった。

イザベラが撃った弾が頭骨の角に当たったが、特に怯む事なく薄くなって空に溶けた。恐らく移動したのだろう。

暫く空を睨んでいたが気配がないので視線を落とす。大地には血で出来た円陣とばら蒔かれたような千切れた死体があった。


「やられた」


今までの魔方陣に比べると不必要な血が撒き散らされ大分雑に描かれているが、死体もある事から全く効果が得られないという事はないだろう。


「ダニーに連絡を。次を守りきらないとまずい事になる」

「円陣を消したらなんとかならないのかい?」

「ただのインクならそれでもよかったんだけどな」


血で描かれた魔方陣というのは消されたところで暫く効果が続くのだ。イザベラは髪を掻き乱して車に向かった。

改めて雑に描かれた魔方陣を見遣り、他に描かれていた魔方陣も思い出す。魔の存在を呼び出す召喚円陣と魔の存在を押し留める守護円陣の組み合わせだ。


「イザベラ。あんたの力を借りたい」


無線で話していたイザベラが視線を寄越す。無線機からダニーの声が聞こえていた。距離がある中耳に届く辺り何か喚いているのかもしれない。

歩み寄り無線機を借りる。


「ダニー、話は聞いたと思うが後がない」

『マジかよ!まだ日も落ちてねーってのに』


恐らく邪魔が入った事で向こうも早く事を進めようとするはずだ。二ヶ所とも人を寄越しておいたのが幸いだった。


「阻止出来なかった事は謝る。だがまだ出来る事はあるはずだ。イザベラも聞いてくれ」


そう言って車のダッシュボードに入っていたメモを取り出す。一緒に入っていたボールペンのインクが出るのを確かめる。


「俺はダニーと合流する。あれは一人で相手するのは危険だ。保安官も出来るだけ近付けさせるな。ダニーも出来るだけ距離を取って戦え。イザベラはエンチャントした銃弾を出来るだけ用意して、今町に描かれている魔方陣の中心辺りにこれを描いてきて欲しい」


メモに描いたのは守護魔方陣だ。


「イザベラに守護円陣を描いてもらう。もし魔方陣が完成しても守護円陣を描いておけば悪魔が呼び出される範囲を狭められるかもしれない。保安局に避難勧告の手配もしてもらわなければならないが、恐らく保安局もこの無線を聞いてるだろうから詳しい場所はイザベラに聞いてくれ」

『ちょっと待てよ。召喚円陣の中に守護円陣を描くのか? 普通は守護円陣で召喚円陣を囲むもんだろう? 効果はあるのか?』


魔方陣を描いた試しはない。知識があるだけだ。


「悪魔は力が集まる円陣の中心から現れる。そこに賭ける。今から町の人間全員を魔方陣の外に避難させるには時間が足らないし人手も足りないからな」


魔力に対抗するには魔力が必要不可欠だ。しかし魔術を使えるのはイザベラとダニーの二人だけだ。

今から町の外に出て守護円陣を描くととしても二人とも二ヶ所に魔方陣を描かなければならない。その間に町中に悪魔を呼ばれてしまえばいくらエンチャントした武器を持つ保安官と自分がいようと全滅は避けられないだろう。

魔方陣が描かれるのに間隔があり、犯人は一人ではないかと少なからず甘く見ていたのが仇となった。


「イザベラはエンチャントした弾の火薬を使ってこの魔方陣を描いて欲しい。保安官を捕まえて手伝わせてもいい。魔方陣を四つ描いてスクエアを作るんだ。それが結界の範囲になる。ただし魔方陣はあまり小さく描くな。火薬を使えば使うほど退魔の力が強まるからな。魔方陣が四つ出来たら魔術で火をつけろ。これはイザベラがやる事。魔力の篭った火でなければ結界になり得ない」


イザベラは何度か頷いた。


「エンチャントした弾の火薬で魔方陣を作ってスクエアを作る。そしたら魔法で火をつけたらいいんだね」

「そう。これは俺には出来ないからな。任せるぞ」

「ああ。必ずやり遂げる」


イザベラは力強く頷いた。


『ったく、思いのほか事がでかくなってて退屈しないね』

「全くだよ」


ダニーの軽口に乗るイザベラを見てなんだかんだで二人とも血の気が多いなと思う。人の事は決して言えないのが悲しいところだ。

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