スケープゴートは何を呼ぶ

サウジェントタウンは牧畜が盛んな町である。

食肉となる家畜を育てている者が多く、町並みも自然が多い。ゆったりとした空気が流れ、どこか懐かしさすら感じる。湿気はあまりなく、陽射しはまあまあ強いが風が吹くと心地よい。


「こんな平和そうな町で黒魔術使いが暴れてるとはね」


ダニーが未だに痛む左腿を摩りながら嘆く。イザベラの姿を見て手を振る町人も少なくない。ダニーが抱く感想に同調する。


「町の連中も異様さに気付いて怯えてるんだ。早くなんとかしてやりたくてね」


イザベラの運転する車はとある建物に入っていく。そこそこ大きな建物で、制服姿で屋内をうろつく職員の胸元には星を象ったバッヂ。此処が保安局である事を理解し、イザベラに先導されてデスクに向かう。


「本部からの応援の方を連れて参りました」

「わざわざ遠い所までご足労いただいてありがとう。局長のジフです」


ジフは口髭を蓄えた五十代ぐらいの男だった。穏和そうな口元だが丸みのある目がひょうきんさを感じさせる。


「ダニーです。こちらはロビン」


簡単に紹介され手を差し出すとしっかりと握り返された。


「しかし相変わらずエクソシストというのは若い人達が多いねぇ。僕らの分まで頑張ってもらわないと」

「治安警備も出来る範囲で請け負いますよ」

「ダニー、本気にするからやめておきな」

「おや残念。まあその分本業を頑張って貰うと言う事で」


ジフはにこやかだ。エクソシストと知っても邪険にする様子がないのは有難い。支部がある国だろうと悪魔祓いを専門とする『教会』を胡散臭く思う人間は多いのだから。

挨拶を済ませて資料室に出向く。道すがら問い掛けた。


「この町のエクソシストはイザベラだけなのか?」

「そうだよ。保安局が協力的だから悪魔用武器を置いて貰ってる。元々事件の少ない町だし、今まではそれで上手く回ってたんだけどね」


恐らく夜に現れる下級の悪魔を討伐する日々だったのだろう。そこに黒魔術を用いる者が現れたのだ。黒魔術を使う者は人間か悪魔か今のところ定かではないが、エクソシスト一人と素人集団で対処するのは些か不安だろう。


「悪魔用武器という事はエンチャントか。あんたも魔術が使えるのか?」


イザベラは軽く首を振る。


「簡単なエンチャントだけだよ。武器に掛けるエンチャント、一時的に悪魔を見えるようにするエンチャント。魔術は灯りを点けるぐらいさ」

「それにしたってこの町は理解ある方だよな。こっちはノックが橋渡ししてくれてるとはいえ胡散臭い顔されんのが常だぜ?」


ダニーは都市部に身を置くエクソシストだ。都市部の警察とやり取りするのは中々に大変だろう。『教会』本部がある英国とて警察との関係は微妙なものなのだから。


「私の曾祖父が保安官だったんだ。エクソシストでありながら保安官としても働いててね。そのおかげかこの町では『教会』に対する風当たりはあまりきつくないんだ。半信半疑って人は少なくないけどね」

「成る程。妹だけじゃなく家系なのか。ノックがやたら物分かりいいのもそのおかげって事だな」


ダニーの言葉にイザベラは頷いた。

資料室に到着し、広げられていた資料やホワイトボードに貼り付けられた写真に目を通す。

牧羊犬や家畜が無惨に切り殺されており、首や臓物の一部が持ち去られている。

場所は軒先や藪と様々で一貫性はないようだ。死体の下には円陣が描かれており、不気味さを醸し出している。

ダニーは不快感を顕にした。


「なかなかにイカれてんな。こりゃ町の人らもビビるわ」


写真をまざまじと見ながらダニーは思案している。円陣について心当たりがあるのかもしれない。


「何件起きてるんだ?」

「四件だね。なんとなくだけどまだ続きそうな気がしてるんだ」


円陣が儀式的要素を厭でも臭わせている。彼女の予想には賛成だった。


「祭壇用円陣ねぇ」


ダニーは円陣を中心に撮られた写真を見ながら呟く。彼が見つめる写真を見ると、円陣にはヘキサグラムやスクエア、古代文字等が使われている。


「召喚と守護の印。召喚した者を守護陣内に留める事で必要以上に贄を取られる事を防ぐ」


イザベラに説明すると彼女は神妙そうな顔をした。


「イザベラ。地図はあるか」

「あるよ。待って」


イザベラは部屋の隅に丸められた大きな地図をテーブルに広げた。四隅を適当に止められたのを見て開かれた地図を眺める。


「なあロビン。俺は今B級ホラー並の想像をしてるんだが」

「奇遇だな。俺もだ」


ダニーの言葉に同意するとイザベラはきょとんとした。


「どういう事だい?」


ダニーはホワイトボードに書き込む為の赤ペンを持ち、イザベラに渡した。


「事件の起こった場所を起こった順に結んでみろ」


イザベラは資料を見ながら線を引いた。それは少々歪んでいるが一筆書きのヘキサグラムの書き方に類似していた。


「つまりあと二回事件が起きたらアウトって事かい?」

「ビンゴ。ベッタベタな展開なお陰でこっちは対策しやすいから助かるね~」


ダニーは赤ペンをイザベラから受け取り二ヶ所に円を書いた。片方は強調するように二重に円を書いている。


「多分この辺りが今後の予定地、で、次起こるのはこっちの丸の辺りな」

「一応もう片方にも見張りを寄越した方がいい。向こうも魔方陣の完成が近くなってそろそろ警戒してくるだろう。順番を変えてくるかもしれない」

「そうだな。んじゃペアとソロに別れてソロの方にこの町の保安官さんらを着けておくか。一応本命はこっちって事で」


ダニーは二重の円が引かれた場所を赤ペンでつついた。その後地図を眺めて顎を擦る。


「しかし奴さん牧場囲んで何を呼び出すつもりだ?」

「なんだっていい。面倒なものを呼び出す事に変わりないだろう」


イザベラが肩を竦めた。


「違いないね。さて、チーム分けだけどどうする? 保安局にも協力して貰うならソロの方をあたしに任せて貰った方がやり易いと思うんだけど」

「確かに言えてるが、イザベラは呪術知識はあんまないんだろ? ロビンか俺かどっちかがついてた方がいざって時安心だと思うけど」


イザベラは納得したようだった。


「俺も知識はあるが術式対抗となると未知数だぞ。少しでも魔術が使えるなら俺はイザベラと組みたいところだ。最悪一人でもなんとか対処出来る奴を保安官と組ませた方がいいと思う」


いざとなればイザベラに指示を出せば一人で対応するより余程効率がいいだろう。そう考えての提案だった。


「って事は俺がソロだな」


ダニーが背中を叩いてきて驚きで振り返るとにやりと笑い、耳打ちしてきた。


「然り気無くレディと組むとはやるじゃねーの」


呆れて言葉が出なかった。

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