残滓吸引
ジロギン
前編
俺は、ごく普通の大学生。ある能力が使えることを除けば。
その能力とは、人の「残滓」が見えるというもの。「残滓」というのは、説明が難しいんだけど、人の感情の痕跡って言えばいいのかな。以前その場にいた人が心に抱いた興奮、憤怒、快感、悲哀。そういった感情が強く現れた瞬間が、場所に記録され、その人の形をした残滓となるんだ。
一見すると人がいるように見えるんだけど、残滓と生きている人間には見分け方がある。
残滓は、ある感情が芽生えた「瞬間を切り取ったもの」であるため、微動だにしない。
そして「感情」という触れられないものの残りであるため、幽霊のように薄く透けている。
世の中の至るところに、色々な人の残滓が残されているんだ。俺にはこの残滓がはっきりと見える。霊感があるのとはちょっと違うんだけど、「サイコメトリー」に近いのかもしれない。
残滓が見える人は、俺以外に会ったことがない。でも、残滓がある場所には独特のエネルギーが停滞するから、無意識に感じ取ってしまう人はいるみたいだ。
ほら、電車でそこそこ混んでいるのに誰も座っていない席を見かけたこと、あるでしょ?あそこには残滓があって、周りの人たちがそれを避けているんだ。
この残滓に触れることはできない。でも残滓と重なって、同じポーズをすると体内に入り込んでくる。するとどうなると思う?残滓が生まれた瞬間の感情が脳内に流れ込んでくるんだ。残滓を生み出した本人の感情を追体験できるってことだよ。
この現象を、俺は「残滓吸引」と呼んでいる。
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この能力が使えることに気づいたのは、俺が12歳の頃。最初は幽霊が見えるのだと勘違いして、恐ろしく感じた。
それから数年経ってようやく、この能力の素晴らしさに気づいたんだ。
大学受験まで半年となったある日。俺は勉強に集中するため、近所のカフェに入った。ほぼ満席で、空いているのは1ヶ所しかない。
しかしそこには、残滓が座っていた。俺と同じ受験生だろうか?セーラー服を着た女の子で、机に向かい何かを書いているようだった。
当時、まだ残滓を幽霊だと思っていた俺は、恐る恐る残滓と重なった。しかし、特に違和感などなく、体に異変も起きない。
「なんだ、この幽霊みたいなのに触っても問題ないのか。これまでの人生、必要以上に怯えて損した気分だな。」
そう思ったが、本当に損をしていたと痛感したのは、この直後だった。
俺は机に、注文したアイスコーヒーと参考書、ノートを置いた。そして勉強を始め、女の子の残滓とほぼ同じ体勢になった。
その時、目、鼻、口、耳、肛門、毛穴、体中のありとあらゆる穴から勢いよく女の子の残滓が入り込んできたんだ。俺はこの上ない快感を味わった。脳みそが、ドーパミンの風呂に浸かっているような感覚。自分にも同じような経験があるけど、なかなか味わえないもの。
そうこれは、難問の解答を自力で導き出した時の快感。ズバリと問題を解いた時のあの感覚だ。以前ここに座っていた女の子はきっと、難問を解いて強い快感を覚え、その瞬間が残滓となったのだろう。
俺はこの快感が忘れられず、また味わいたくなった。以来、俺はカフェやファミレスで積極的に「受験生」の残滓と重なり、残滓吸引を始めた。残滓を吸って得た快感は勉強のやる気につながり、俺を難関大合格へと導いてくれた。
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大学進学にあたり、俺は田舎から東京へ上京した。俺の地元とは比べ物にならないほど大勢の人がいる。ということは、それだけ残滓に巡り会える確率も高いということ。俺は大学へ進学した以上に、その事実がうれしかった。
あれから1年半。東京での生活にも慣れてきた。そして、たくさんの残滓を吸引してきた。
大学1年の時点で、俺は受験生の残滓を吸引するだけでは物足りなくなっていた。受験勉強が不要になった自分には、別の快感が必要だった。全身を震わせてくれるような残滓は、どこかにないだろうか。
色々考えた末、俺が思いついたのはラブホテルに行くことだった。性交渉は強い快感をもたらしやすく、残滓が生まれる確率も高いはず。俺はそう考え、色んなホテルで宿泊した。ちなみに、ラブホテルは1人でも宿泊できる。
3回に1回くらいの確率かな。案の定、俺は性交渉のピーク時に生まれたであろう残滓にありつけた。
そんな回りくどいことせず、彼女を作ればいいじゃないか。今キミはそう思ったんじゃないかな。残滓吸引のいいところは、性別に関係なく感情の追体験ができることにあるんだ。つまり、男性である俺が女性特有の快感を得ることもできる。
通常の性交渉ではそうもいかないだろう。女性の快感も味わうために、俺は1人でラブホテルを利用した。
アルバイト代の多くがホテルの宿泊費に消えていった。でも後悔は全くしていない。自分の楽しいことにお金を使っているのだ。使い道として、全く間違っていない。
これが俺なりの、残滓吸引の楽しみ方だった。
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