あくまで天使ちゃん
@mousoutouki
第1話 私の家には天使がいます。
「ただいまー、かったりい仕事終えてきたよ」
千春は、ひどく疲れた声で帰宅したことを告げる。
セキュリティロックのついたマンションは安心できるが、如何せん下手に高い場所にあると帰るまでが面倒だと、千春は常に思っていた。
おかげで足が疲れると、パンパンになった足をいたわりながらパンプスを脱いだが、リビングに向かうのすら億劫になり、彼女は玄関で座り込んでしまう。
今日も上司の思いつきでどれだけ仕事を増やされたか、と思わず愚痴りそうになるのを抑えて、立ち上がろうする。すると、後ろからトテトテと表現していい足音が聞こえる。振り返ってみると天使がいた。
ホワイトブラウンのふわふわなくせ毛に眠たげな眼。月並みだが、人形のようだと形容するのがぴったりな顔立ち。たぶん、羽と輪っかがついていれば天使ですって言われても信じるだろうと千春は思う。身長は小柄だ。140cmくらいだと以前言っていたような気がする。その上にぶかぶかのパーカーを着ていることでより、幼さを増している。増しているのは背徳感なのかもしれない。
「千春、ようやく帰ったの。どうしてご飯作っておいてくれなかったの?」
「は? 今日は華乃の当番だっていったよね」
「え?」
「ほら、共有してるスケジュールのここ」
まるで知らなかったとでも言いたげな彼女の反応に、千春は呆れる。スマホを見させると、彼女の顔は口を開けたまま固まった。
ひどくあほ面だ。
しかし、顔がいいとこういうのも絵になるんだなと千春は感心していた。
「忘れちゃってた……てへ!」
「か~わ~い~い~……いいからはよ作れ」
休日なら許せたかもしれない。千春が料理をしていたかもしれない。
だが、今日の千春のイライラはまあまあ限界に近かった。
「けち! 千春のおに! あくま! としま!」
「うるせえ、犯すぞ……」
「ひいぃ、ここに私の妖艶な肢体を貪りたいという獣性をむき出しにした女が私をいやらしい目で見てる!!」
突っ込みどころしかない。しかし、そんな体力すら千春には残ってなかった。
「別に、もう作んなくていいやあ……華乃、今からあんたは私の枕ね」
ぐえ、とうめく華乃の声を無視して、千春は彼女を押し倒す。彼女のお腹に顔をのせて、寝る準備を整えた。そのまま意識をまどろみにゆだねる。
「千春」
「な……に……」
「別にね、そんなに毎日疲れちゃうんだったら無理しなくていいんだよ?」
「なんの……はなし……?」
華乃が言っていることが抽象的過ぎて、ぼんやりとした千春の頭では全く理解できなかった。
「前から言ってるでしょ? 私が千春を養ってあげる。お父さんとお母さんからもらったマンションもあるし、おうちでの仕事もあるから」
だから、無理しなくていいんだよ。と、千春の頭を撫でながら語る彼女の言葉はとても甘くて、魅惑的だった。
“やっぱりこいつは天使じゃなくて、悪魔なのかもしれない”
私を堕落へ誘う悪魔だ。その手を取ったらたぶん、二度と元には戻れないだろうと千春は思う。
だからこそ、千春は宣言する。彼女のために。自分のために。
「ふざけんなよ。養うのは私。飼い主は私なの。アンタはこの部屋で黙って養われとけ、引きこもり天使」
その宣言で、体力の限界が来たのか、千春の意識はブラックアウトする。
沈む意識の中で彼女の声が聞こえた気がした。
「そういう一生懸命な千春が大好きだよ。だから早く私に養わせてくれないかなぁ」
――朝、小鳥のさえずりで千春は目を覚ます。
体はバキバキだ。おかしい。良質な枕で寝たはずなのに、フローリングを枕にしていた。
「私の枕になれって言ったじゃん」
たぶん華乃が聞いたら理不尽だと、猛抗議するのだろうが千春には関係なかった。
何かが千春の鼻腔をくすぐる。鼻を鳴らすと、リビングの方から何かが焼ける匂いがしているのが分かった。どうやら焦げた匂いやガスの匂いが混じっていないことに千春は安心し、その匂いのもとへと向かった。
リビングには天使がいた。詳しく言うとリビングにあるキッチンに華乃が料理をしていた。
引きこもりではあるが、ハイスペックな彼女だ。これぐらいどうということもない。じゃあ、昨日もちゃちゃっと作れよと千春は思ったが、口には出さない。どうせ言い訳を並べてくるのは目に見えているから。
だから、千春が口に出すのはもっと単純なこと。
「おはよう、華乃。ごはんできてる?」
「おはよう、千春! これ、私の分だから千春のはないよ?」
「は? いや、フライパンで作っていらっしゃるのは卵焼きですよね?」
「そうですね」
「今、お皿に移されました、それは二等分に切ることができますね」
「しません! できません! どうして二等分にしなくちゃいけないんですか!」
「は?」
「私は、空腹になったから作ったんだもん! 千春は自分の分は自分で作れば!?」
こんの、合法ロリ女ぁ。私と二つしか違わないくせに、と千春は目の前にいる女にメラメラと怒りが燃え上がる。
「あっちいって、これは私のもの!」
卵焼きを載せた皿を大事そうに抱きかかえる華乃。
なんだか、こちらが悪いことをしているような気分になり、少し気まずくなるが、千春の空腹は、限界に達していた。
がしっ、ひょい、ぱくぅ
華乃の表情が一気に、しおれていく。
「ああああああ……なくなっちゃった……私の卵焼き」
「んまい。ごっそうさんでした」
あっつう、けど華乃の卵焼きは甘くておいしいんだよな、と千春は過去に何度か食べた料理のことも思い出す。
ちらりと、華乃の様子を見やると、今にも泣きだしそうだった。
いや、泣きたいのはこっちだよと千春は思う。しかし、彼女の泣き顔をみるのはなんとなくばつが悪い。
だから、彼女の傍まで近寄り屈む。そして千春は華乃の顎を引き、口を重ねた。
「っっ!?」
華乃はそのことに驚きでジタバタと抵抗するが、絶対に千春は離さなかった。
やがて抵抗を辞める。彼女。
千春は塗りたくるように、彼女の口腔内を侵していく。
歯列、下顎、頬、そして、上あご、軟口蓋の部分を責めると彼女の体が小刻みに震える。
“これ、華乃、大好きだよな”
いつもの愛撫。次第に、こちらの責めに自分から絡ませてくる彼女をみて改めて、千春は恐ろしくなる。
“ほんと、こいつ相手に気を抜くと、こっちが骨抜きにされるんだよな”
そろそろ頃合いかと思い、唇を離す。
とろけた瞳の華乃。口元から垂れる銀の糸が妙になまめかしい。幼い外見がするその表情は背徳感が強い。けれど、それと同時に征服感をいだく千春がいた。
「どう? 卵焼き甘くておいしかったでしょ」
「!?……ううう、千春のけだもの! 変態! どうせ、会社なんか遅刻しちゃ
え!」
正気に戻った華乃の顔面はたちまち朱に染まった。
おおかた、途中からノリノリになってしまった自分に羞恥心を感じているんだろう。その表情もとても愛らしくて、千春はとても気分がよくなった。
時計を見ると出社まであと30分しかない。とりあえず、華乃をいじめるのは帰ってからにしようと決め、千春は出勤の準備を整えた。
「じゃあ、行ってきます」
「さいてー! さいてー! さいてー!」
行ってらっしゃいは返ってこなかった。でも、こうして玄関まで見送ってくれるところがすごくかわいいなと千春はいつも思う。
玄関を閉める直前に声が聞こえた。
「今日は早くかえってきてよね」
ああ、なんて甘い誘惑だ。千春は心に誓った。絶対に残業1時間以内には帰ろう、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます