柱と壁

fripmeets

柱と壁

「私のこと、なんで好きなの?」

 告白の返事は期待していたものとは全然違っていて、彼女は僕に疑問をぶつけてきた。

「なんでって、君が魅力的だからだよ。」

 僕は即答した。魅力的という言葉だけでは足りなかっただろうか。

「魅力的な女性なら私以外にもたくさんいるでしょう。そもそもこんなふうに捻くれたお返事をする女が魅力的だと思うの?私が言うことじゃないか。」

確かに彼女は捻くれている。音楽や文学に親しみながらもそれらを好きだとは決して言わないし、化学や生物学を熱心に探求しながら科学を「くだらないもの」と言ったりする。極め付けに彼女は、とても人間的な論理的かつ哲学的な思考をしながら、人間の存在を真っ向から否定してしまう極度の環境主義者だ。

「だからこそ魅力的なんだよ。」

 何かかっこいい言葉を持ち合わせていないか検索を掛けてみたが、見つからなかった。

「確かに君は捻くれていると思う。けれども君はその捻くれている芯を絶対に曲げない。そんな確かな柱を持った君を好きになったんだ。」

「それって曲がった芯を曲がったまま放置しているような問題のある人間だと思うけど。」

「君が周りに流されない強い内面を持ってるってことだよ。」

「そうなのかな?」

 彼女はまだ疑問を抱いたままのようだ。

「僕はね、君みたいに確かな柱を持っていないんだ。自分の内面に自信がないから。だから見た目とか経歴とか趣味とかの後からいくらでも付け足しがきく特徴で自分の弱い柱を補強しようとしてるんだ。」

「別に私も内面に自信があるわけじゃないけどね。」

「でも君は柱だけで自立してるじゃないか。」

「そうなのかな。」

「そうだよ。」

しばらくの間、夕日が差し込む教室を、こそばゆい、それでいてどこか心地の良いような空気が満たした。互いに見つめ合うわけでもなく、目を逸らすわけでもない。近づきも離れもしない妙な距離感だった。

僕にとってはショートケーキに砂糖を振りかけたぐらい甘く感じられた時の流れに終止符を打ったのは彼女だった。

「ここまで私のことをよく思ってくれている人に対して失礼だとはわかっているのだけれどね、ごめんなさい。あなたとはお付き合いできないと思う。」

つい数秒前まで、のぼせるぐらい熱くなっていた僕の脳みそは、恐ろしく冷静に彼女の言葉を理解した。

「・・・っ。理由を教えてもらってもいいかな。」

ここで彼女に僕を振った理由を尋ねるのは卑怯なことだと分かっていたが、訊かずにはいられなかったのである。そして意外にも彼女はすぐに答えてくれた。

「私、あなたの壁にはなれないもの。」

 ほとんどの人は理由になっていないと思うだろう。それでも僕にとっては十分すぎる言葉だった。そして、たった一言の彼女の言葉は僕のちっぽけな心に突き刺さる。

「僕、君に色々求めすぎてたかな?」

「まだ付き合ってないんだから何も求めてないでしょう。」

「それもそうだね。」

 僕は彼女の前では弱い弱い内面が剥き出しになってしまうようだ。そして、そんなむき出しのもろい柱を囲む壁に彼女はなってくれない。

「私が捻くれてるばっかりに、ごめんなさい。」

「いいや、君が一番正しいよ。」


 おそらく彼女は僕の本心を最初から見抜いていたのだろう。僕は彼女が好きだ。けれどもその「好き」と言う感情は、僕のくだらないエゴイズムによって生み出されていたのだ。

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