第41話 当たり前のこと


 誰でも、子供の頃は知らないことがたくさんあって、知りたいという好奇心を持っている。

 知ることは、生きるために必要なこと……

 本を読むことが好きで、勉強はまぁ人並みにできることはにも、もちろんその好奇心がある。


 優子からの手紙を受け取り、死神図書館で知った世界は、ことはにとって魅力的だった。

 きっと、今ことはの目の前でカギをよこせと言っているリリーも、最初はことはと同じように好奇心が抑えられなかったなけなのだろう。

 しかし、青白い顔で、真っ赤な唇を何度も何度も繰り返し動かしているリリーのこの姿は、決して美しいものではない。



「気持ち悪い…………」


 ことはがそう言うと、リリーは目を見開いて首を傾げた。


「今、なんて言ったの? ことはちゃん……よく聞こえなかったわ」

「気持ち悪いって言ったの!! おばさん気持ち悪いよ!! 何考えてるの!!! バカなの!!?」

「ば……バカ——!? この、私が……!?」

「なんでも知っているってことは、いいことだよ。知りたいと思うのもいいことだよ……先生も、ママも、勉強するのは大事なことだってよく言ってたし!! いっぱい色んなことを学んで、大人になっていくんっだって————でも、でも、おばさんは間違ってる!!! 150年も生きてきて、そんなこともわからないなんて!!」


 リリーが何者か知って、怖がるかと思えばことはは怒っていた。

 12歳の小学生が、150年生きてる人間に怒っていることに、トトは驚いて無言でことはを見た。


 リリーは、子供の頃から頭がいいのに加えて、死書をたくさん読んでありとあらゆる知識を持っている。

 バカと言われたのは初めてだった。


「そんなことって……なによ? 一体、この私がなにを知らないって言うの…………!?」


 ことははテーブルの上に山積みになっている死書官のカギを指差して言った。


他人ヒトのもを奪ってはいけないし、どんな理由があるにしても、人が人を殺すのはいけないことなの!! そんな子供でも知ってる当たり前のことを、おばさんは知らないの!!?」



 これでは、どちらが大人で、どちらが子供か…………


 リリーは、ことはにとっては先祖だ。

 おばあちゃんのおばあちゃんだ。

 それがこんなまだ12年しか生きていない直系の子孫にバカだと言われてる。


「ママと同じ顔をしてるのに、言ってることがおかしいよ。わたしのママは、そんなこと言わないよ!! 他人が嫌がることはしちゃいけないって、習わなかった!? 小学校からやり直したら!?」



 まさかリリーも、こんな子供にここまで言われるとは思っていなかった。

 予想外のことはの言葉に、リリーはなにも言い返せなくなっている。


 先程までの笑顔はすっかり消えて、リリーは無言でことはの首に右手を伸ばし、絞め殺そうと力を込めた。


「……っ!!」


 突然首を絞められ、ことはは息ができない。


「やめなさい! リリー!!」


 トトが必死にリリーをことはから離そうとするが、リリーは決してことはの首から手を離さない。


「やめて!! やめて!!! リリー!!! ことはをはなして!!」

「うるさい……!! うるさい!! うるさい!! 私はバカじゃない!! 私は誰より知ってる!! 私はトトよりも、こんな小娘よりも、知っているの!!」



 この死人のような細い体のどこにそんな力があるのか、強く、強く首を絞められて、首に爪が食い込む。

 抵抗していたが、ことはの意識が遠のいていく。



「……っ!! ぁ……ぅ…………」


(苦しい……わたし……このまま————死ぬの?)


「ことは!!!」


 その時だった。

 聞き慣れた兄の声が、ことはの耳に届いたのは。



(お兄ちゃん……?)


 そして、赤い光がミッピィのペンダントから放たれ、ことはを包み込んだ。


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